僕の最終回

健杜

Page.1 新たな物語

 バレンタイン……それは世の男子がチョコレートを貰えるかで一喜一憂し、本命の男子にチョコを渡すかで女子が盛り上がるイベント。

 かくいう僕もバレンタインが好きだった、数分前までは……。


 「ごめんなさい。別れましょう」


 放課後彼女に屋上に呼び出された僕は、会うなり別れ話が切り出された。

 突然のことで動揺を隠すので精一杯だったが、最後には飲み込んで笑顔を作りながら返事をした。


 「うん、わかった」


 僕が頷くと、彼女はため息をつきながら残念そうに首を振って答えた。


 「引き止めてはくれないのね」


 「だって、引き止めて考え直すようならこんな話しないだろ」


 仮に、引き止めて考え直すようなら僕の方から別れを切り出す。

 僕の言葉一つで変わるようなら今後長続きはしないだろうから。


 「あなたのその達観してるところが最初はかっこいいと思っていたけれど、今はそれが気に入らないわ」


 「そうなんだ、それは残念だ」


 「わがままな彼女でごめんなさいね」


 彼女はそう行ってその場を去っていき、僕のこの胸に残るのは、僅かな寂しさだった。

 だが、それもすぐに消えるだろうこれまでのように。

 僕は女性とは何度か付き合ったことがあるが、どれも長続きした試しはなかった。

 物語のように物事には必ず終わりがやってくる。永遠に続く物語など存在し得ないのだ。

 今日が彼女と恋人としての最終回であって、明日からはまた別の物語が始まる。


 「とは言ったものの、さすがに恋愛はしばらくいいかな」


 同じ種類の本を何冊も読めば飽きが来て、別のジャンルの本を読みたくなる。

 それも全てバッドエンドで終わった物語ならなおさらだ。

 しばらく恋をするのはもういいかなと思ったその時、頭上から声が降り注いだ。


 「キミ、不思議な人だね」


 声の下方向へ向くと、梯子の上の小さなスペースに見たことのある女子生徒がこちらを見ていた。

 黒く艷やかなポニーテールの髪に、見ているだけで吸い込まれるような強い意志を秘めた黒い瞳の彼女はゆっくりと梯子を降りて僕の方へ近づいてきた。

 この学校はリボンの色を一年は赤、二年はグレー、三年は青と区別しており目の前の女子生徒は赤色だった。


 「全部聞いてたんですね」


 「うん、ごめんね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど出ていくタイミングを逃しちゃってね」


 確かに屋上で会うなりすぐに話しを始めたのだから、出ていくタイミングはなかっただろう。


 「いや、こちらこそすまない。以後心地を悪くさせてしまった」


 「気にしなくていいよ。それよりキミ、名前はなんていうの?」


 そこで自己紹介がまだだったことに気づき、学年と名前を名乗った。


 「僕の名前は読谷修よみたにしゅう、学年はあなたと同じで一年だ。よろしく」


 「なんで私が一年だってわかったの?」

 

 「リボンの色が赤色だったからだ」


 「そういえば、そうだったね。へぇーキミ細かいところによく目がいくね」


 関心したように頷いた彼女は興味深そうに僕のことを観察し始めた。

 まるでおもちゃを与えられた子供のように、先程よりも瞳が輝いているように感じた。


 「それで、あなたの名前は?」


 「ああ、ごめんごめん自己紹介がまだだったね。私の名前は天童小春、よろしくね」


 「ああ、よろしく。それじゃあ僕はこれで」


 「ちょっと待って。もう少し話そうよ」


 僕は特に話すことがないので、さっさと帰ろうとしたのだが天童さんの方が用事があるようで呼び止められた。

 家に帰っても用事はなく暇を持て余すだけなので、今は彼女と話すのもいいだろうと思い、もう少しここに残るのを決めた。


 「わかった。それで何を聞きたいんだ?」


 「話が早くて助かるよ。そうだね……じゃあ今の気持ちはどう?」


 「はぁ、恋人に振られた直後の人間にその質問をするのはどうかと思うぞ」


 普通の人間なら怒ってさっさと帰宅するが、彼女はそうならないと確信していたようだった。


 「キミは平気なんでしょ」


 「確かにそうだ。今の質問に答えは、特に何も感じてないだ」


 「なるほど」


 彼女はまるで僕の答えがわかっていたように満足そうに頷きながら、次の質問をした。


 「明日彼女とすれ違ったら何を話す?」


 「挨拶をするだけだ」


 「彼女って黒城早紀こくじょうさきでしょ。他の学年でも狙ってる人が多いほどの人だけど、特に何も思わないの?」


 天童さんの言う通り、僕の彼女だった黒城早紀はモテる。

 そんな人物の彼氏になれたのは光栄なことだったが、僕にとってはそれだけのことで、別れた今はただの同級生だ。


 「早紀は別れたいと言い、僕はそれを了承した。それならば、これ以上彼女について僕が何かする理由はない。次の質問は?」


 「ありがとう。質問はこれで終わりだよ」


 「そうか」


 てっきりもっと質問攻めを食らうと考えていたが、思っていたよりも少ないようだった。

 この程度の質問で何がわかるでもないが、天童さんがどんな結論を出すのか気になった。


 「うん! やっぱりキミは変わってるね!」


 質問を終えた彼女は満面の笑みで、そんな結論を出した。


 「うん、あなたはやはり失礼な人だな」


 「ごめん、悪い意味じゃないんだよ。だって、普通は彼女と別れたら悲しい気持ちになるはずで、こうして私と話さないと思うんだよ。でもキミはこうして、私と何事もなかったように会話をしてる。それってすっごく変わってると思うんだよね! 本当に面白い!」


 どうやら目の前の人物はかなり変わっているようだ。

 僕もよく変わっていると言われるが、ここまでではないだろう。

 だが、遠慮されるよりはマシだろう。


 「そういうあなたも変わっていると思うぞ」


 「うんそれは自覚してるから大丈夫。それより、キミに一つお願いがあるんだ」


 「お願い?」


 この変わった人物からお願いとは、一体どんな無理難題が飛び出るなが興味が湧いた。

 言い換えるなら、少しワクワクしているのだろう。


 「キミに恋をして欲しいんだ!」


 「えっ?」


 きっと僕は今、間抜けな顔をしているだろう。それも仕方がない。

 だって、恋をして欲しいなんて言われるとは少しも想像していなかった。


 「なぜ?」


 「なぜ? なぜって、恋は感情の最たるものだよ。恋をすると人は変わるという。これまでファッションに興味がなかった人も、恋をすると服装や髪型など気にし始めるんだ。人を変えるだけの力が恋にはあるんだよ!」


 こんなにも熱量がある人と話すのは久しぶりだ。

 僕の友人はほとんど、自分から積極的に絡んでこないタイプばかりだから新鮮な気持ちになる。

 そんな事を考えている僕を無視して彼女は、瞳を輝かせながら話し続ける。


 「恋には力があるはずなのに、誰かと付き合っているキミには変化が見当たらない。なんなら、振られても変化がない。これはすっごく面白いと思わないかい?」


 「そうかもな」


 「でしょ! だからキミは恋をしてないと思うんだよ。キミは他の人よりも感情が薄く、切り替えがとても早い。そんなキミが感情を切り替えることもできずに、振り回されるとしたらとっても面白いと思うんだよ!」


 同意を求められるように言われても、自分がそうなっている姿は全く想像がつくなかった。

 それに、僕はしばらく誰かと付き合うのは控えようと考えていた。

 同じ種類の本を多く読めば飽きが来るように、今の僕は恋愛というものに飽きが来ていた。


 「あなたは面白いかもしれないが、あいにく僕は興味がないんだ」


 「キミは、もっと心が沸き立つ体験をしたくないの? もっと感情のままに動いてみたいとは思わないの? キミを好きになった人たちの感情を理解したいとは思わないの?」


 彼女の強い言葉、揺るがぬ意思、眩い瞳に僕の心は貫かれた。

 自分でも気づかなかった欲求を彼女は言い当てたのだ。

 それは毒だ。知りたいは一度気づいてしまえば押し込めることはできずに、溢れ出してくる。

 

 「そうだな。僕もそれを知りたい」


 気づけばそう口が動いていた。

 僕も、目の前の天童小春のように何かにここまでの熱量を持ってみたい。

 そう思ってしまったのだ。


 「今から私はキミが恋をできるように協力をするよ。改めてよろしくね」


 彼女はワクワクが抑えきれないと言った様子で、笑みをこぼしながら僕に向かって手を差し出す。


 「ああ、よろしく頼む」


 僕はその手を新たな一歩を踏み出すつもりで強く握った。

 この日これまでの僕の物語は最終回を迎え、新たな物語が始まった。

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