第8話 症状

初めは、腕がかゆいだけだった。

それが徐々に広がって、腕全体に広がり、胸まで広がり、反対側の腕まで届くのに1月半。

全体が爛れたのが、それから半月後のこと。

病院ではどうにもならない、症状を緩和させる薬を出してもらえるだけだった。

体中に包帯を巻いて、痒いのを我慢して、食欲が無くなって寝られなくなって。

学校はリモート授業で勉強についていくことは出来たけど――部活動は行けなくなった。

行事も参加できない、修学旅行でさえ――

家から出られない、そういった状況が1年半続いている。


そう語り終えた少女――天野朱里 あまのあかりさんは、続けてこう言った。


「別に死ぬわけじゃないし、寝たきりな訳でもない。まあ難病の中ではマシな方なんでしょうね、こうして家で過ごせてるし」


「とはいえ、外に出たいこともあるでしょう」


「…まあ、インドアな趣味以外もやりたいけどさ」


彼女が持つ難病は、皮膚性のもののようだった――全身に炎症が起こるタイプ。


「なるほど、分かりました――恐らく、治せると思います」


「…期待できない」


「こら!」


父親からの叱責が飛ぶが、朱里さんの反応は変わらずだ。


「こちらの薬を飲めば、数か月後には治りますよ――そういう話はごまんと聞いてきたのよ、こっちは」


どうやら『同業者』が既に唾を付けていたらしい。

特別な力を持たない詐欺師ども――実際のところどうかは知らないが、この1年半の中でそういった詐欺の被害に遭ったことがあるなら、この反応も納得できるものではあった。


「いえ、そういったことをする必要はありません――手を翳すだけ、です」


「…はあ?」


手を翳すだけ――怪しさで言えば薬の比ではない話だが――実際のところ、治癒スキルを使うには手を翳すだけで良い。

怪しすぎるのは間違いないが。


俺たちの横で話を聞いている父親も、半信半疑といったところのようだ。


「怪しい、と思うのも無理はないですが…一切触れる必要はありません。薬の服用も不要です。あなたはそこで横になったままで、すべての処置が終わります」


「怪しさの方向性が今までとは違うわね…」


「詐欺師と一緒にしないでいただきたい」


「あいつらよりよっぽど怪しいわよ」


まあ確かに、そうではあるのだが。


「そうですね、では、右手を出してください」


「は?」


「触れませんから」


訝しつつも、朱里さんはゆっくりと右手を動かす――俺はその手の上に自分の手を翳し、治癒スキルを僅かに使用した。


負傷や病全般を、術者の『魔力』と引き換えに癒すスキルだ――本来であれば発動中は両手が淡く光るものだが、弱く発動することで発光を抑えることが出来る。


それでも、高レベルの治癒スキル持ちであれば、効果は十分だった。


「?!」


朱里さんの顔つきが変わる。

驚いた表情で、かゆみが――1年半ひと時たりともかゆみの引かなかった右手の回復を、理解する。


「全身くまなく処置をするなら少し時間はかかりますが」


俺は続けてこういった。


「私ならその病を治せます」

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