第15話 陰謀

 着任してわずか十日ほどでゼクター司教の移籍問題を解決したとの速報は十二人委員会の委員を驚かせる。

 シモンとゼクトの兄弟が青くなったのを他の委員は冷ややかに眺めていた。

「なにか不名誉な手を使ったに違いない」

 そう言い募ってみたが、懸案事項を解決したという事実の前には霞がちで効果はほとんどない。

 そうこうするうちに当のルドゼーが到着し、アルフォンス四世隣席のもとで大司教に就任した。

 言葉少なながらも、ルドゼーが着任が遅れた詫びの言葉を口にすれば、もうこれ以上、この件を蒸し返すのは誰の得にもならない。

 ガイダル侯の一派は作戦を変えた。

「さすがにこんなに短期間で呼び戻しては朝令暮改と言われましょう。もう少し様子を見ては」

 ジョゼフィーヌの十二人委員会委員への就任は避けがたいとして、とりあえずは結論の先送りを図る。

 合わせてガイダル侯へ急使を派遣し善後策を乞うた。

 知らせを聞いたガイダル候は手にしていた指揮杖を怒りに任せてへし折る。

「わしの顔に泥を塗るつもりか。あの腐れ坊主め!」

 自分の説得には耳を傾けなかったくせに、小娘の泣き言に耳を傾けるとは、と怒りが収まらなかった。

 この時点ではガイダル候はジョゼフィーヌを美貌との持ち主として評判の娘としてしか認識していない。

 腹心のギュスターヴが主に注意を促す。

「ご子息はリージモン伯の娘が十二人委員会に入り込むのをどう阻止するべきか聞かれていますが、いかがいたしますか?」

「あの生意気な小僧のキャメロンが居なくなるのであれば構わぬではないか。二人を就任させろというのでもあるまい。わしがリージモン伯の手柄に嫉妬して邪魔をしていると世間に思われるのも不愉快だ」

「密かに探らせましたところ、ただの小娘ではないようです。それなりに知恵も回る様子。用心するに越したことはないと思われますが」

「小娘一人に何ができる。しかし、シモンたちは小娘も満足にあしらえんのか。自分たちでなんとかしろと伝えておけ。それよりもキタイ軍相手に戦果を上げる方が大事だ。このまま勝ち逃げをされるのは許せん」

 ギュスターヴは不安を覚えて、ガイダル候の言葉と共に、長官職に在職する期間を引き延ばす案を添えて書き送った。

「ゼクターはスワロウゲート要塞の後背地。キタイとの戦いも長引いておりますれば、リージモン伯令嬢が長官職に留まって後方支援に務めて頂く方がいいかと存ずる。なにやら世情も騒がしいようであるし」

 シモンは授けられた言葉を述べる。

 本来であれば開戦と同時に長官が派遣されてもおかしくはない。

 それを早期に決着をつけるので不要と主張していたのがガイダル候であった。

 軌道修正を図って何か不測の事態が起きた際の責任を回避しつつ、ジョゼフィーヌを足止めする一石二鳥の案といえる。

 ガイダル候に与しない委員にしてみれば何をいまさら感はあるが、これに反対すると今後何かあったときの責任を負わねばならない。

 ジョゼフィーヌを早期に王都に召還する話は沙汰止みとなった。

 シモンとゼクトは胸をなでおろすと、自分たちでジョゼフィーヌに対処しろとの指示に従って謀をめぐらせる。

 過去に長官として赴任したこともあり、その際に町名が自分にちなんで変わったことから思い入れのあるゼクトが頬の肉を震わせながら言った。

「聞けば、教会であの女狐を懲らしめようとした男もいたそうだ。刃が届かなかったのは残念だが、あの町には我が家が恩顧を与えた者が多くいる。もう一度試してみてもいいのではないか?」

 シモンも同意する。

「郊外に視察に出ることもあるだろう。そのときに」

 クロスボウを構える仕草をした。

 後にガイダル候は二人の計画を知らされて頭を抱え、ギュスターヴに八つ当たりをして罵倒する。

 しかし、その時点では計画は動き出してしまい止めようがないのだった。

 ルドゼーの説得に成功したことを父親に恥をかかせたと認識するゼクトは、自らの子飼いの部下に大金を与えてゼクターの町に派遣する。

 到着した部下たちはジョゼフィーヌの動向を探ると共に、狙撃用のクロスボウを用意し、実行犯の人選をした。

 さすがに自分たちが直接手を下すわけにはいかない。

 精力的に活動をするゼクトの部下たちの一人が大通りを歩いていると、反対から歩いてきた若い娘がはっとする。

 とっさに近くの店の軒先に並べられた商品が気になった振りをした。

 若い娘は忘れられない男の顔を見て鳴り出した胸の動悸を抑えようと深呼吸をする。

 まさか私のことをしつこく追いかけてきたの?

 娘はゼクトにかどわかされそうになった劇団員セシリアだった。

 座長に親切ごかしにジュールシーを離れるように言われ、地方回りの劇団に半ば強制的に移籍させられている。

 裏でゼクトが手を回したと疑っていたし、事実その通りであった。

 先日のジョゼフィーヌ着任祝いの公演のために髪の毛を染め髪型も変えていたので、ゼクトの部下はあのときの娘と気づかない。

 セシリアはこっそりと後をつけ始めた。

 なんといっても憎んでも余りある相手の部下である。

 役者をしている経験を生かして、安い帽子を途中で買い、尾行に気づかれない工夫をした。

 果物を並べる露店の前で品定めをしながら、きちんとした身なりの男の近くに行くのを目撃する。

 セシリアはゆっくりとそのすぐ後ろを通りすぎながら聞き耳を立てた。

「長官……視察……」

 ちらりと振り返ると革袋を手渡している。

 ゼクトの部下の男の目に浮かんでいるものが気になった。

 娘は劇団の宿に戻ると一晩悩む。

 公演後に楽屋まで来て劇団員を労ったジョゼフィーヌには親近感を覚えていた。

 正確なことは分からないが何か悪いことを企んでいる男がいることを知らせる手紙をしたためる。

 翌日役所に出かけてみたものの、どのようにしてジョゼフィーヌに手紙を渡せばいいか悩んだ。

 そこへゼクトの部下と話をしていた男が通りかかり役所に入っていくのを見てしまう。

 あの男は役人だったんだわ。しかも身なりからするとそれなりに高い地位にあるようね。

 差出人不明の手紙が直接ジョゼフィーヌの手元に届くなどというのはあり得ない。

 せっかく投書をしても途中で握りつぶされてしまう可能性に思いいたり、セシリアは途方に暮れてしまった。

 

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