第14話 罰
エイダがジョゼフィーヌに声をかける。
「ご命令頂ければ有無を言わさず司教殿を梱包して王都までお届けしますが」
「それで解決するなら誰も苦労しないわ」
「ですよね。場の雰囲気が悪かったのでちょっと言ってみただけです」
ルドゼーは愉快そうに笑った。
「長官殿は優秀な部下をお持ちのようだ。冗談を言っているように見せかけて言外に圧力をかけてくるとはね」
「あれ? 分かっちゃいました?」
ジョゼフィーヌはエイダを制止する。
「無駄よ。ガイダル侯の脅しにも屈しなかった方なのだから。司教殿を脅して従わせようなんて下の下策でしかないわ」
エイダは主とルドゼーの両名に頭を下げた。
「不躾な真似を申し訳ありません。それじゃ、仕切り直しということで心ゆくまで議論をどうぞ」
「では、私の方から一つ話をさせて頂こうか。私も長官殿に悪感情を抱いているわけではないんだ。直接会うのは初めてだが、共通の知人もいることだしね。その知人にはお互いに頭が上がらないのだ。ここでいがみ合っても後で仲良く叱られるだけだと思うんだがどうだろうか?」
ジョゼフィーヌは笑みを浮かべる。
「グリンデン枢機卿のことをおっしゃっているのかしら?」
ルドゼーは優雅に頷いた。
ジョゼフィーヌは首を横に振る。
「グリンデン様は立派な方です。それに、私がお願いすれば司教殿が王命に従うよう諭してくださるかもしれません。でも、そんなことをしたら、きっと私に失望されるでしょうね」
ルドゼーは莞爾と笑った。
「素晴らしい。我が兄弟子が称えていただけのことはありますな」
エイダが両者の顔を見比べて性懲りもなく再びくちばしを挟む。
「お願いした方がいいんじゃないですか。失望されるぐらい、この際は甘受しましょう。司教殿がここに居座る限りはジョゼフィーヌ様もゼクターの町に釘付けですよ」
今まで黙っていたニールが口を開いた。
「エイダ殿。ジョゼフィーヌ様もお考えあってのことだ」
「そうやって思考停止するのは良くないと思うんだけど。ジョゼフィーヌ様だって全知全能ってわけじゃないんだからさ」
「それも一理あるが、あまり考えなしに発言しても場を混乱させるだけですよ」
「そりゃ、俺は頭使うよりは体動かす方が得意だけどさ。面子が傷つくことで目的が達成できるならその方がいいじゃん」
「だから、面子だけの問題ではない。枢機卿に仲介を頼んだのでは意味がないのだ」
目の前で議論を始めた二人を見てもルドゼーは気分を害したようにも見えない。
「リージモン辺境伯領の方はもっと武張った方が多いかと思っていましたが意外ですな。これも主の薫陶が行き届いているということでしょうかな?」
ジョゼフィーヌは議論を止めるように命じて、ニールに依頼する。
「前回、ガイダル侯がこちらに来たときの報告書を頂戴」
受け取って文字を指で追う。
「ルドゼー殿。大司教への就任はどうしても断られると仰るのですね。例えどのような罰を受けても」
「ええ」
「このような言い方はしたくないのですけれど、私は王命を受けてこの場に来ています。あくまで拒絶するというのであれば、その違背の責めを問わなくてはなりません」
「私にも私の立場があるように、あなた様にも立場がおありでしょう。それは仕方ないことです。一度拒絶を口にした以上はそれを貫かざるを得ません。どのような罰を受けようともね」
二人の間の緊張の高まりに、双方の陪席者が微かにざわめいた。
王命に明確に反するというのは、通常であれば重い罰を下される可能性がある。
ただ、バルバド聖教会の司教を処罰するということになれば、多数の信者が王国から離反するかもしれない。
総本山のあるゼルクード又は係争中のキタイに多数の国民が流出するとなれば、国の安全保障にも影響が出る。
それを慮って、ガイダル侯ですら実際に処分を下すのをためらったというのに、この若い娘は生意気にも断を下そうというのか。
どのような罰が下されるのかと周囲は固唾を飲んで見守る。
ルドゼーは処罰を待つように席から立ち上がった。
ジョゼフィーヌは相変わらず笑みをたたえたまま、穏やかな声で言葉を紡ぐ。
「節操を貫こうという司教殿の意志が固いことは承りました。そういうことであれば、私も陛下に与えられた権限により王命に沿わぬことへの罰を申し渡します」
シンと静まり返る中、ジョゼフィーヌは居住まいを正した。
「ゼクト司教ルドゼー。罰としてジュルーシー大司教の地位につくことを命じます」
部屋の中にルドゼーの哄笑が響き渡る。
ひとしきり笑った後にルドゼーは最敬礼をした。
「どのような罰でも甘受すると言った以上は従容と従うしかないでしょう。このルドゼー、謹んで長官殿の罰を受けまする」
体を起こすとルドゼーは口の端で笑う。
「長官殿の鮮やかな手腕に感服いたしました。かくなる上は、直ちにジュールシーに向かい長官殿への敬意と致しましょう。それでは御免」
ルドゼーは踵を返すと控えていた司祭たちに命じる。
「市長の捜査に協力するよう信徒に指示を出すのだ。それから、私の旅行鞄を馬車に乗せるようにしてくれ。なに、荷造りは済んでいるんだ」
足早に出て行く背中にジョゼフィーヌは会釈をした。
その様子をニールはごく自然に、エイダは驚きの表情で見ている。
エイダはそっとニールに聞いた。
「司教が納得して解決したから今さらなんだが、どうして枢機卿に頼んだらダメだったんだ。ジョゼフィーヌ様は親しいんだし、枢機卿といったら司教より偉いんだろ? その方が簡単だったんじゃないか?」
「ジュールシーの大司教になるという点では変わらないけど、それではルドゼー殿は教会の命に従ったことになってしまう。陛下の叙任を拒んだということでは変わらない。陛下の権威の失墜は避けられないだろ?」
エイダはポンと手を打つ。
「なるほど。そういうことか。ということは司教のあのセリフは罠だったってことか?」
「ジョゼフィーヌ様を試してはいたんだろう」
「しかし、ニールも凄いな。ジョゼフィーヌ様の考えが分かるんだから」
「それは違う。私はジョゼフィーヌ様の考えが正しいとして、そこから思考しているにすぎない。答えを知っていてその理由を考えるだけならそれほど難しくはないよ」
話をしていた二人はジョゼフィーヌが部屋を出て行こうとしているのに気づき慌てて追いかけた。
翌日、ジョゼフィーヌは執務室にニール一人を呼び出す。
「昨日のエイダとの会話なのだけど、ちょっと気になることがあるの」
「なんでしょうか?」
「あまり私のことを信頼し過ぎるのはやめなさい。それは私を駄目にしかねないから。態度はともかくエイダの言っていることは一面では正しいわ」
ニールは頭を下げ、善処することを約束した。
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