第10話 十二人委員会
王と謁見してから二日後、十二人委員会が臨時で開催される。王の諮問を受けて、キャメロンの後任をどうするかの議題が検討された。
キタイとの直接対決が思わしくない中で、大きな戦果を挙げたリージモン家からの要求とあっては正面から反対することは難しい。
ガイダル家としても勢力伸長のために自分のシンパの貴族を送り込みたいところではあったが、あくまで辺境伯の名代としてジョゼフィーヌを就任させたいという意向に異を唱えることは難しかった。
ここにガイダル家当主のラウールが居れば、少々強引な手を使ってでも自分の思いどおりに運ぼうとしたかもしれない。
しかし、本人は前線に張り付いたままであり、息子であるシモンとゼクトでは経験と実力が足りていなかった。
ゼクトが放った言葉は中立的な立場の委員からも鼻白んだ反応を生んでしまう。
「ジョゼフィーヌ嬢はまだ二十二歳と聞く。規定の年齢に足りぬではないか」
発言者当人のゼクト自身が父親のごり押しで就任しており、ジョゼフィーヌと同い年だった。
場の空気を読んだ兄のシモンが慌てて言葉を足す。
「年齢はともかく、政務の経験がない者を国政の中心に入れるのは混乱のもとであろう」
それまで一段高い席で議論を見守っていたアルフォンソ四世が口を開いた。
「シモン卿の発言ももっともである。しかし、今回の人選はあくまでリージモン卿の代理としての就任であるし、補弼するとのことだ。そこまで厳密な経験を求めることもなかろう。慣例どおり地方都市で半年ほど実務経験を積んでもらえばいいのではないか?」
この発言はガイダル候に積極的に与していない中立派の委員に支持される。いずれ自分が老いた際に子弟がその後を継ぐ際のことを想定して賛意を集めた。
ラウールが居ればともかく、若輩のうえに自家の威勢を鼻にかけるシモンとゼクトの態度には反発を生む。
自分たちの発言に積極的な賛同が得られず、若いゼクトは必要以上に強く主張してしまった。
「十二人委員会委員への就任は二十五歳以上というのは大帝が定めたものだ。それに違背されるのを是と言われるのか?」
ガイダル家の二人とその息のかかった二貴族以外は冷笑をもってその意見を迎える。
なかでもウォーケン男爵は遠慮ない批判の声を浴びせた。
「大帝の遺訓を持ち出すのであれば、それを満たさぬ貴君が職を辞してからにすべきであろう」
舌鋒鋭く切り込まれてゼクトは唇を震わせる。
「我がガイダル家がどれほど王国に貢献しているか知らぬと仰るのか?」
「いや、大帝の遺訓を遵守すべきと主張したのは貴君ではないか。貴君は功があるから特別というのであれば、喉に刺さった骨のように小うるさかったスコティアを占拠したリージモン家も特別扱いをしても問題ないだろう?」
拳を握りしめてゼクトはウォーケン男爵を睨みつけるが、周囲の多くはウォーケン男爵に好意的だった。
スコティア占拠の報はすでにジュルーシーで話題となっている。やはり敗戦の話題よりは景気の良い勝報の方が受けは良かった。
この状況下でリージモン家が十二人委員会の席を失うなどという発表をすれば、国民からどのような反応が返ってくるか考えなくてはならない。
王家や貴族といえども世評を全く気にしなくていいわけでは無かった。
リージモン家の活躍を王国全体の功とするためにも、国民に分かる形で融通をきかせ、好意を得るべきであるのに真逆のことを主張するというのはあまりに勝手すぎる。
平時ならともかく今は戦時であった。臨時増税も考えなければならない局面で国民の受け狙いをしなくてどうするのだ。
ガイダル家の御曹司二人の無思慮な発言は他の委員の更なる反発を生んだ。
とある委員がアルフォンス四世の案に修正を加えることを提案する。
「リージモン卿令嬢が実務経験を積む期間は最長で半年とし、優れた実績を上げたときは直ちに終了するとしてはいかがでしょう。今は非常時、何も地方で遊ばせておくことはありますまい」
シモンとゼクトは反発するが、もう充分な議論は尽くしたと採決となり、賛成多数で可決されてしまう。
憤慨する御曹司二人を宥めるようにガイダル派の貴族の一人が発言を求めた。
「ジョゼフィーヌ嬢が経験を積む場所について提案があります。ゼスターではいかがでしょう? 王国第二の都市でありますし、キタイの紛争の後背地として重要な地です」
まだ不満そうな顔をするシモンにその貴族はそっと耳打ちする。
「ゼスターはあの頑固者の司教がおります。お父上の説得にも耳を貸さなかった」
ゼスター司教の配置転換のことを持ち出されてシモンは眉をひそめた。
バルバド聖教会はセルジュー王国内でも勢力を有する宗派である。総本山は隣国ゼルクードにあるため、その影響を嫌ってセルジュー王国内では聖職者の任免を国王が行っていた。
ゼスター司教は人望があり、ちょうど王都ジュルーシーの大司教の座が空いたため後任に据えようとしたときに問題が起きる。
もともと反骨心が強い男だったが、最初の使者の態度が悪かったせいもあって異動を拒否したのだった。
「私は聖職者である。世俗の権力に従わねばならぬ道理はない」
初動を間違ったために問題が大きくなることは良くある話である。ちゃんとした使者を送ればこのようにこじれることはなかったのだ。
俄に聖職者の叙任権限という問題に発展してしまい、ラウール・ガイダルが調停に乗り出す。
最初の使者をラウールが指名した責任を取った形だった。確かに最初の使者はガイダル家という虎の威を借りようとしたのだから十分に責任はある。
ラウールはゼスターに乗り込むと過去の実例を引き、また司教にとっても名誉なことなのだから受けるようにと説いた。
話がこじれる前だったら司教も応じたかもしれない。しかし、事後対応としては決め手に欠いていた。
言を左右にする司教に対してラウールが怒気を発する。
「話を受けないならば、王の名においてどんな罰がくだされるか分からないぞ」
「どのような罰でも謹んで受けましょう」
説得は失敗し、その後キタイとの緊張が高まって放置されたままになっていたのだった。
「所詮は小娘。あの司教にやりこめられて泣かされるさまを見れますぞ。少なくとも解決するまで半年釘付けになるでしょう」
シモンはほくそ笑み、一転して賛意を示す。
こうして、キャメロンの任を解き帰国が許される一方で、ジョゼフィーヌは王国第二の都市ゼスターへと赴任することになった。
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