第9話 謁見

 結局、キャメロンは翌日ジョゼフィーヌを伴って、アルフォンス四世への目通りを願い出る。

 サントロワ城とスコティアの町の二拠点を守るためには、キャメロンの存在は不可欠だった。

 純粋すぎるところはあるものの戦は父譲りの才能を示すキャメロンは若いながら声望がある。リージモン家の兵士たちを指揮するとすればオルブライトの次に適任だった。

 いずれ北方での戦の決着がつけば、その勝敗に関わらずキタイは兵を向けてくる。

 そのときに防衛に成功するには人望と実力を兼ね備えるキャメロンが一翼を担うのは絶対条件だった。

 そうである以上、宮廷への出仕は続けるわけにはいかない。

 辺境伯領を西側から牽制し、定期的に侵入してくる拠点であるスコティアを攻略した時点でジョゼフィーヌの計画は既に動き出していた。

 二拠点をオルブライト一人で守ることは困難を極める。そして舵取りを誤れば両方を失う危険性もあった。

 唯一辺境伯領を従来通り維持できる可能性があるとすれば、スコティアを放棄するしかない。

 しかし、スワロウゲートでの劣勢が王国内に知れ渡った今、それを打ち消す朗報を否定する選択肢は取りえなかった。

 その実、キャメロンにはジョゼフィーヌの思惑に乗る以外の選択肢はなかったのである。

 控えの間に入ると謁見待ちの希望を秘書官に告げた。

 気を利かせて順番を繰り上げようとするのを止める。キャメロンの潔癖さがそのような振る舞いをするのを好まなかった。

 妹に踊らされる形になったが心中ではほっとしている部分もある。

 父以上の頭脳の冴えを見せる面はあったが、キャメロンは本質的に武人としての枠で考え行動するのを好み宮廷勤めは性に合わなかった。

 控室で待つ間に暇を持て余している者達は目新しいジョゼフィーヌに興味を示し、キャメロンに声をかけてくる。

 妹であることを紹介し、逆に相手の素性を妹に告げた。

「初めまして。リージモン家のジョゼフィーヌと申します。今後お見知りおきを」

 ジョゼフィーヌは派手ではないが上質な生地を使った最新の流行のドレスを身にまとっている。普段と異なり有力者の令嬢として相応しい挙措で魅力を振りまいていた。

 相好を崩す相手ににこやかに応対する。

 無駄に敵を増やしてもつまらない。笑顔一つで好意を買えるなら安いものだった。

 このような場での世間話は本来であれば他愛もないものが普通だが、状況が状況だけに話題はキタイとの戦いのことになる。

「どうやらガイダル候も苦戦されているようですな」

「そのような噂を小耳に挟みましたわ」

「開戦前は鎧袖一触と息巻いていたようですが、さすが砂漠の狼は相手が悪かったと見えます」

 わずかに揶揄を含んだ言葉を吐き出す貴族にジョゼフィーヌは心の中で密かに警戒した。ここで話に乗ると後でガイダル家の誰かにご注進に及ぶかもしれない。

「戦巧者で知られたオズワルド様の血を引かれているのですもの、何かお考えがあるのかもしれません」

「ほう。さすがはオルブライト殿のご息女だ。戦略戦術にも興味をお持ちのようですな」

「あらそんな。兄の受け売りですわ。私は王国の繁栄の為にも侯爵が勝利されることをお祈りしています」

 ジョゼフィーヌにしてみてもラウール・ガイダルが率いる軍が大敗するようなことがあっては困るのだった。

 王国軍はスワロウゲートに全戦力を配置しているわけではない。ここジュルーシーには国王直属の近衛軍も控えているし、数の上ではまだ戦場に展開している兵力の二倍弱を有していた。

 ただ、ガイダル侯爵は精鋭を率いて出陣している。

 これが破れたとなれば勢いに乗じて一気に王都までキタイ軍が迫ることだって十分に考えられた。

 ジョゼフィーヌは大敗を恐れると同時に王国軍が大勝しガイダル侯爵の声望が上がることも望んではいない。

 初戦でつまずき、このままずるずると対陣を続けて引き分けというのが理想だった。

 いずれにせよ公の場では勝利を願う以上のことを語るつもりはない。

 次々と謁見の間に呼び込まれ、ついにリージモン家の順番がくる。

 控えの間にいる家臣に剣を預けるとキャメロンは妹をエスコートして、開かれた扉を入っていった。

 赤い絨毯の上を進み、階の手前十歩ほどのところでキャメロンは膝をつく。

 ジョゼフィーヌもスカートをつまんで片脚を引き深々と頭を下げた。

「キャメロン。面を上げよ。して、その女人がそなたの妹か?」

 ジョゼフィーヌが顔を上げると、若いが隙のない様子の王が見下ろしている。謹直な表情を作っていたが、整った容貌に冷たさはない。

 その顔立ちに反して、少なくても今のところは特定の女性と噂になることは無かった。

 前王の正妃に男児が生まれたことに遠慮しているという説や女嫌いなのではないかとの観測も流れている。

 アルフォンス四世の目だけが興味深げな様子をたたえており、その視線を受けてキャメロンが答えた。

「お許しを得まして申し上げます。我が妹にございます」

「ご尊顔を拝し光栄に存じます。陛下。ジョゼフィーヌと申します」

「ふむ……。似ている……」

 ひとりごちるとキャメロンに問うた。

「して、何用だ? 十二人委員会は昨日開いたばかりぞ」

「はっ。報告がございます。陛下の威光を持ちまして、王国を圧迫しておりました城塞都市スコティアをリージモン伯爵が攻略しましてございます」

 玉座に座ったアルフォンス四世は喜色を浮かべる。

「それは何よりの朗報だ。凶報は友を連れてやってくると言うが、そのようなことは無かったな。それは重畳」

 アルフォンス四世は脇に控える者の方を向いた。

「広報官。早速この喜ばしき知らせを高札にて掲げ、国民に広く知らせるのだ」

「はっ。直ちに手配いたします」

「リージモン伯爵には何か褒美を取らせるとして、喜ばしき知らせをもたらした両名にも何か与えよう。願いがあれば申せ」

「スコティアの維持のために私も現地に向かいとうございます。私めの十二人委員会の任を解き代わりにジョゼフィーヌにその席をお与えくださいますようお願い申し上げます」

 アルフォンス四世はあごの先をつまんでしばし考える。次いで予定を管理する秘書に告げた。

「まだ謁見の予定は残ってるな? ふむ。では、余の昼食にこの両名を陪席させよ。その場でスコティア攻略の話を詳しく聞こう」

 承諾が得られず再度願いを言おうとするキャメロンより早くジョゼフィーヌは礼の言葉を述べる。

「陪席の名誉を賜るとは身に余る光栄に存じます」

「うむ。控室で待っておれ。後ほど部屋に案内させるゆえ」

 アルフォンス四世は右手を挙げて謁見終了を示した。

 キャメロンとジョゼフィーヌは頭を下げると数歩後ずさり、もう一度礼をして部屋を退出する。

 不首尾を詫びる兄に対して、ジョゼフィーヌは即座に拒否されなかったことで十分であることをそっと告げた。

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