第7話 彼方への道
馬を走らせるジョゼフィーヌの周囲を直属の部下が固めている。
腹心のリラダンが馬を寄せてきて声をかけた。
「オルブライト様とじっくりお話はできましたか?」
「ええ。全面的に賛同を得られたわ。直接の支援はこれが最後になるけれど」
ジョゼフィーヌは周囲の騎兵に指し示す。
リージモン軍は歩兵主体であるため騎兵の数は多くない。その騎兵全軍の約半数を占める百騎は整然と騎行していた。
ジョゼフィーヌの直属の部下はリラダンを除けば個人としての戦闘技術は人並み以下でしかない。王国西方の抑えとして設けられた辺境伯領においては強い者が尊敬を集める。どちらかというと郷里では肩身が狭い者達をジョゼフィーヌは拾い上げて配下としていた。
武器を振り回すだけが能力ではないと活躍の場を与えてくれたジョゼフィーヌに部下たちは心酔している。
いずれも普段は大人しい男達だったが、ジョゼフィーヌを守るという決意は固かった。用意周到で、二手三手を先読みして行動するため、実は同数の戦士が護衛するよりもジョゼフィーヌの身に危険が迫ることは少ない。いざとなれば自分の身を投げ出す情熱も持ち合わせていた。
そして、リラダンは別格の腕を持っている。剣の腕もさることながらその弓の技量を賞して神箭と呼ばれていた。
五百歩離れた場所の歩哨の持つハルバードの刃先に矢を当てることもできたし、いずれも名の知れた戦士三人と戦ったときは矢継ぎ早に弓を引き絞り次々と倒している。
そんな勇士がジョゼフィーヌを主と定めたのは、リラダンの母が重い病気にかかった際に手を尽くして高価な薬を調達し、命を救ったからだった。
元々はオルブライトの副官としてエイギールと並び立つ双璧と目されていたが、自らジョゼフィーヌ付きを乞うて認められている。
来年のことは良く予想できても目の前で起きていることに無頓着なところのあるジョゼフィーヌが、今まで無事でいられるのはリラダンの活躍によることが大きかった。
リラダンは灰色の髪の毛を短く刈った好青年で思いを寄せる女性も多い。しかし、そんな熱い視線は歯牙にもかけず我が生涯の主と定めたジョゼフィーヌに陰に日向に良く仕えていた。
また尊崇の念が強すぎてジョゼフィーヌを女性として見ておらず、周囲が想像をたくましくするようには恋愛感情を抱いていない。
一行は三日馬を走らせてサントロワの城に到着する。
丸一日休養に充てて、再びジョゼフィーヌは馬上の人となり、王都ジュルーシーを目指した。
サントロワで別れるはずの騎兵も百騎のうちの二十騎が同行している。
呆れるジョゼフィーヌに十騎長の一人は朗らかに言った。
「そんなに邪険にしないでくださいよ。私もオルブライト様から直々に命を受けているんです。少数とはいえ増派したことは宮廷に対する意思表示となるそうです。まあ、平たく言えば親馬鹿ということですね」
エイダと名乗る若い騎士は砕けた口調で話す。
オルブライトも人をよく見ていた。
武骨な配下の中からジョゼフィーヌに合いそうな男を選んでいる。
横からリラダンも口添えした。
「こいつは昨年騎士になったばかりの若造ですが、ご覧のとおりのふざけた野郎です。軍人としての威厳を持ち合わせちゃいないんで、商人でも学者でも、そういう職業の若者に扮しても違和感がありません」
「それ褒めてます?」
「この私にこんな舐めた口をきけるだけでも逸材だとは思えませんか?」
ジョゼフィーヌは笑って同行を認める。
一瞬だけ遥か遠くスコティアの方角を睨みつけた。驚かされっぱなしだった父が一矢報いた気分でいるだろうことに鼻を鳴らす。
それでも父の配慮は有難かった。
通常ならサントロワとジュルーシー間の治安はいい。
だが、北方でキタイ軍とにらみ合いをしている影響で王国内で野盗の類の行動が活発化していることを掴んでいた。
さすがに騎兵二十騎を含む集団を攻撃しようという大胆かつ大規模な集団はいない。人数が抑止力になる局面ならそれを利用しない手は無かった。
ましてや、明日には頼りになるリラダンが遊牧民族の少年を連れて北方へ単騎向かうことになっている。
少年をアザートの近くまで送り届けつつ、両軍合わせて二万を超える軍勢が対峙する場所で身の安全を図れるのはリラダンしかいなかった。
別れる日にジョゼフィーヌは密書を縫い込んだ太めの帯を少年の腹に巻く。
「いいこと。アザート一人がいるときに渡すのよ。あなたならできるわね」
「うん。任せておきなよ」
この数日ですっかりジョゼフィーヌに懐いた少年が胸を張る。
「アザートおじさんは僕と仲良しだからね」
「頼りにしているわ」
美人のお姉さんに一人前の男として扱われた少年はすっかり自信を取り戻していた。例え子供であっても、いや、子供だからこそ、期待は人を成長させる。
もっともジョゼフィーヌにしてみれば、これは計算ずくの行動ということではなかった。
人には自分での力ではどうしようもないことがあるが、それが状況に応じて強みにも弱みにもなると考えているだけである。
ジョゼフィーヌ自身が剣を振るっても一人の戦士を倒せるかどうかはおぼつかない。しかし、その頭の中で考え出されるはかりごとは五百人が籠る城塞を陥落しうる。
十歳にもならない男の子は余人がたどり着けないアザートのプライベートな空間に到達できるはずだ。
ジョゼフィーヌは自分ができないことを可能な存在に対して尊敬の念を惜しむことはなかった。
これからやろうとしていることを自分が達成できるという自信はある。
ただし、その結果に到達するには多くの人の協力と多くの異能の存在に助けられなければ成功できない。
自らの智謀を恃みとするのと同様に、まだ見ぬ人を含めた幾多の人々の力を頼りにしていた。
北寄りに原野を走り去っていくリラダンの後ろ姿から目を離すと、ジョゼフィーヌは街道を東に向かって進み始める。
この先には強大なガイダル侯爵家が待ち受けていた。
まだ侯爵家はその墓穴を掘ろうとしているジョゼフィーヌの存在を知らない。それを知ればありとあらゆる手段を使って排除しようと図ってくるに違いなかった。
そうなる前にジョゼフィーヌは地歩を固める必要がある。辺境伯の娘というだけでは足りなかった。
そして、表面上は中継ぎ役を大人しく努めている国王の胸をそっと叩く必要もある。その肝心なアルフォンソ四世は、現時点においてはジョゼフィーヌが一方的に知っているに過ぎないのだった。
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