第3話 現状分析

 オルブライトは娘の顔をじっと見つめて考える。

 しばらく考えて両手を上げた。

「お前の考えていることがさっぱり分からん。どういうことだ?」

 オルブライトは優秀ではあったが、基本は武の人である。決して頭は悪くないが込み入ったことを考えるのは得意では無かった。

 副官のエイギールは主よりはバランスが取れている。剣の腕も確かなら博覧強記で知られていた。

「このスコティアを維持するためにキャメロン様が必要になるからということでございますか? 確かにお二人がいらっしゃれば、辺境伯領とこの町の両方を差配するのは容易になるでしょう」

 ジョゼフィーヌは戦士としては一般的な女性よりは強いという程度であるが、兄のキャメロンはオルブライトの血筋として恥じぬ腕を持っている。

 ごく一部の例外を除き兵士たちは勇猛な将に率いられることを好んだ。

 ジョゼフィーヌの指揮能力は高いのだが、その采配に兵士が素直に従うかどうかは別問題である。

 スコティアの攻略がこれほどあっさりと終わった裏にもジョゼフィーヌの献策があるのだが、一般の兵士の知るところではない。

 ジョゼフィーヌはエイギールに向かって片目をつぶった。

「半分は正解ね。でも、それがすべてではないわ」

「これ以上はそれがしにも分かりかねまする」

 エイギールは頭を下げながら心の中で呟く。お嬢様にも困ったものだわい、あのような媚態を示されてはこの年寄りの心臓も動悸が激しくなるというものじゃ。

 ジョゼフィーヌは派手な容貌の美人だった。しかも目元のあたりにどことなく媚を売るかのような気配を帯びている。

 辺境伯の令嬢というよりは歌劇や舞踊を生業とする者の風情があった。

 頭の中身に反して、ぱっと見には恋多き尻軽女という印象も受ける。

 本人もふざけてエイギールに対して示したような態度を取ることがあるので始末が悪かった。

 余計なトラブルを招き寄せることも多く、腹心のリラダンの心痛の種となっている。

 エイギールの困惑をよそにジョゼフィーヌは自分の思惑を語った。

「リージモン一門は実力に比べればセルジュー王国の宮廷で重きをおかれていません。保身を考えれば今まではそれでも良かったのですが、状況が変わりました。我が家は陛下の藩屏となるべきです」

 オルブライトはうむと相槌を打つ。

「陛下に忠誠を尽くすのに異論はない。しかし、もう少し俺にも分かるようにかみ砕いて説明してくれ」

 ジョゼフィーヌは現国王アルフォンス四世の置かれている立場を説明した。

 アルフォンス四世は庶子である上に、王太子であった父親が謀反の疑いをかけられ、追い詰められて挙兵している。そして、アルフォンス四世の祖父にあたる当時の国王の差し向けた軍に敗死していた。

 その際に最後までアルフォンス四世の父親を守って奮戦し殉死した者も多い。

 父親が死んだ時、小さな子供だったアルフォンス四世は市井に生きる母親のもとで暮らしており、存在をまだ知られていなかった。

 このため、父親の巻き添えで処分されることはなく、アルフォンス四世の叔父が次の王太子に立てられる。

 後に父親の謀反は濡れ衣を着せられたのだということが判明したのだが、一度定めた王太子の座は覆らない。

 その後、その叔父が即位して前国王となった。

 しかし、昨年、前国王が些細なことから不慮の死を遂げる。

 前国王の正妻は懐妊中で、側妃には二歳の男児がいたが、ほどなく男児も病死した。

 多くの者の思惑が交錯し、その時点で最も嫡流に近いアルフォンス四世がセルジュー王国を継ぐ。

 側妃の男児の死にキタイが関わっているとの噂が流れ、両国の間にはしこりが生じた。偶発的な衝突が紛争に発展し、隣国キタイとは散発的に干戈を交える状態が続いている。

 今回の大規模なにらみ合いもその一環だった。

 そして、アルフォンス四世の即位に大きな役割を果たしたのがガイダル侯爵家である。

 その祖であるオズワルドはもともとは数代前の国王の臣であり、セルジュー王国が最大版図を築くのに功があった。

 ガイダル侯爵家は王家とも通婚し、前国王の正妃も侯爵家の一族の出身である。

 オズワルドが存命である時代は臣下として分を守っていたが、世代交代が進んでからはセルジュー王家をないがしろにする言動が見られるようになっていた。

 アルフォンス四世については巷間で育ったという出自もあって、密かに侮っている。即位前は非公式の場では物乞い王子などと嘲っていた。

 そんな相手が即位できたのは自分たちが、正妃の子が育つまでの中継ぎとして支持したからという驕りがある。

 ジョゼフィーヌの話は核心に入った。

「陛下は何も知らぬような振りをしていますが、私の観察では密かにガイダル家の専横を心憎く思っているようです。そして、何不自由なく豪邸の奥で育った良家の子女にはないしたたかさをお持ちなのは間違いありません。いずれ、陛下とガイダル家が生き残りをかけて激突するでしょう。その際に我がリージモン家は陛下に付くべきです」

 実に大胆な予測をする娘をオルブライトは眩しそうに眺める。

「それが義と秩序を重んじる我が家に相応しいからだな?」

「いいえ違います。我が家を必要としており、勝つ方に付くべきだからです」

 ジョゼフィーヌは身を乗り出した。

「ガイダル家は成り上がりです。それ自体は悪いことではありませんが、係累が甘い汁を吸おうと群がっており、封土や爵位をさらに必要としています。我が家を受け入れるよりも分割して一族に分け与えることを望むに違いありません」

 オルブライトは現在のガイダル侯爵の一族の顔を思い浮かべる。

「確かにガイダルと我が家の関係は水と油のようなものだな」

「一方で陛下は独立した兵権を有する我が家を粗略にすることはないでしょう。そして、歴代のご先祖さまが築いてきた評判が役に立ちます。義を重んじるがゆえに簒奪を企むことはないだろうと」

 オルブライトは憤然とした。

「我らがそのようなことをするはずはあるまい。仮定の話として聞くのも不愉快だ」

「父上。実態の話ではありません。他者がどのようにみるかという話です。人は簡単に疑心暗鬼になるものです。陛下が我が家の忠節を疑うことがないように日頃から気を付けなくてはならないでしょう」

 オルブライトは息を吐き出す。

「陛下の父上も讒言によって追い詰められたのだったな。私も気を付けよう。それで、もう一点だが、なぜ陛下がこの争いに勝つと見込んでいる?」

 ジョゼフィーヌはよくぞ聞いてくれましたと華やかな笑みを浮かべた。

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