第二十四話 ~幼い頃に交した約束をミルクはリーファとツキに誇らしげに話していた~

 第二十四話







「ちょっと!!ベルが帰って来たって本当なの!!??」



 バン!!と居間の扉を開けて一人の女性が声を上げて中へと入って来た。


「久しぶりだな、ミルク」


 俺はその女性に懐かしさを覚えながら言葉をかける。


 栗色の髪の毛を腰まで伸ばした幼馴染の女性。

 名前はミルフィーユ・クラウゼルと言う。


 俺よりは八歳ほど年下になるので、今年で二十七になるだろう。

 スフィといいミルクといい、もういい歳なんだからもう少し『落ち着き』を持って欲しいと思ってしまうな。


 そんな彼女に向けて、俺の両隣に座っているリーファとツキが剣呑な視線を向けている。


『敵を見つけたわ』


 とでも言いたげな視線に、俺の背中に嫌な汗が流れ落ちるのを感じた。


「久しぶりだな。じゃないわよ!!冒険者になるって言ってここを出て行って、一度も帰って来ないってどういう事よ!!それに、ここ数年は手紙すら寄越さないじゃない!!どれだけこっちが心配したと思って……え?」


 俺に向かって怒声を飛ばしていたミルクの視線が、リーファとツキに向けられる。


「こ、このとんでもない美人さん達は一体誰よベル……」


 声を震わせるミルクに向けて、まずはリーファが立ち上がって自己紹介をした。


「こんばんは、ミルクさんで良いかしら?私はリーフレット・アストレアよ。長いから呼ぶ時はリーファで構わないわ。ベルの『妻』になる女よ。よろしくね」

「つ、妻ですって!!??」


 リーファの言葉に目を剥くミルクに、畳み掛けるようにツキも自己紹介をした。


「こんばんは、ミルクさん。先程のリーファの言葉には間違いがあるので訂正させてもらいます。この女はベルフォードの『側室』です。『本妻』はこの私。ツキでございますのでお間違えの無いようにお願いします」

「ふざけたこと言わないでよツキ。私が本妻よ!!」


 リーファのその言葉を、ツキはツンと上を向いて聞かないようにしていた。


「そ、側室に本妻って……ベルは一体王都で何をやらかしてきたのよ……」

「普通に冒険者として頑張って来て、それなりに成功を納めて帰ってきたって感じなんだけどな……」


「Sランクをそれなりの成功とは言わないわよベル」

「そうですよ。こんな美人を妻に出来るんですから大成功です」


 そんな事を言うリーファとツキに、ミルクは視線を強く向けながら自己紹介をする。


「私はベルの『婚約者』のミルフィーユ・クラウゼルよ!!『自称妻』のリーファさん、ツキさん海産物しか無いところだけど持て成すわよ!!」

「へぇ、婚約者?」

「自称妻とはリーファと同じでなかなか面白い事を言ってきますね?」


 そんなミルクの自己紹介を受けて、リーファがこっちに視線を向けながら説明を求めてきた。


「それで、ベル。あちらの『自称婚約者』さんについて詳しくお話を伺えるかしら?」

「そうですね。どうせ『幼い頃に交した口約束』だと思いますけど?」

「あはは……まあ、ツキの言う通りだよ。ままごとの延長線上だと思ってもらって構わない」


 俺が苦笑いを浮かべながらそう言葉を返すと、ミルクは目じりを吊り上げながら声を荒らげる。


「ままごとの延長線上なんかじゃないわよ!!私はベルと婚約を交わしてるんだから!!」


 ミルクはそう言うと、ポケットの中から手帳を取り出した。

 そして、その中から古びた紙を取り出してこちらに広げて見せる。


 マジかよ……そんなもんまだ持ってたのかよ……


『せいやくしょ』


 と平仮名で書かれた紙に、俺の名前とミルクの名前が書かれており、将来は結婚する。と示されていた。


 どれほどの効力があるかは定かでは無いが、確かにこれはただの『口約束』では無いよな。


「ふふん!!これが私とベルを結ぶ誓約書よ!!口約束なんかじゃないんだからね!!」


 あの頃より数段豊かに育った胸をそらしながら、ミルクは二人にそう言い放つ。

 その様子に、リーファとツキは怒るのではなく微笑ましいものを見るような視線を向けていた。


「なんだかこの子すごく可愛いわね。小さい頃の紙をこんなに大事にしてるなんてね」

「ここまで来ると愛の深さを認めてあげても良いですね。ベルフォードの『側室』としてなら迎え入れても良いですよ?同じ側室同士としてリーファと仲良くしてくださいね」

「な、何が側室同士よ!!ふざけたこと言わないで貰えるかしら!!」


 そんな美女三人のやり取りを聞いていると、レイドさんが苦笑いをしながら話をしてきた。


『このガルムでは重婚を認めているからね。どうだろうか、ベルフォードくん。この貰い手の居ないうちの娘も君の嫁にして貰えないかな?』

「も、貰い手の居ないってどういうことよお父さん!!」


『ふふふ。ベルフォード坊ちゃんが居なくなってからずっと寂しそうでしたからね。手紙が来なくなってからは毎日昔の手紙を眺める日々でしたからね』

「シ、シルフさん!!それは言わないでよ!!」


 そんな寂しい思いをさせてたのか……

 何だかすごく申し訳ないような気持ちになってきた。


『俺はここを出て、商人じゃなくて冒険者になる!!』

 と言った時に

『ヤダヤダヤダ!!絶対に認めない!!ベルはここに居て私と結婚するんだから!!』


 と言ってたのを、彼女はずっと待ってたんだな。


「リーファ。私は今夜だけはベルフォードを彼女に貸しても良いような気持ちになってきました」

「そうね。私もそう思ってたところよ」


 二人の妻はそう話をつけると、俺に向けて言ってきた。


「この後はベルの家に行くのよね。その時にミルクさんも着いてきてもらいましょう」

「え?」


「彼女もベルフォードの妻として迎え入れましょう」

「お、俺の意思は……」


 そう言葉を返すと、二人はミルクの持つ『誓約書』を指差した。


「あんな紙切れを肌身離さず二十年も持ってるのよ。応えてあげなきゃ可哀想よ」

「側室としてですよ?側室としてなら認めてあげます」


 二人はそう言うと、ミルクの元へと歩いていく。


「これから仲良くしましょうミルクさん。貴女さえ良かったらベルの冒険者時代の思い出話とかもするわよ」

「……え?」

「リーファの知らない話も私は出来ますからね。その代わりと言っては何ですが、私たちの知らないベルフォードの昔話を所望します」


 そう言う二人に、ミルクは笑いながら答える。


「あはは!!面白い人なのね、リーファさんにツキさんは!!良いわよ!!貴女たちの知らないベルの昔話をしてあげるわよ!!」


「リーファさんなんて呼ばなくて良いわ。リーファで良いわよ」

「私もツキで構いません」

「それなら私もミルクで構わないわよ。リーファにツキ!!」


 ミルクはそう言うと俺の前までやってきてビシッと指を突きつけた。


「ベルが二人も妻を連れて来たのには驚いたけど、私と結婚してくれるならまあいいわ、許してあげるわよ」

「そ、そうか……」


「それに今夜は久しぶりに私と一緒に寝てもらうんだからね!!とても楽しみだわ!!」

「…………特別な何かをするつもりは微塵も無いからそのつもりでいてくれよな」


 リーファとツキと寝ることは無くなったけど、とても魅力的な女性に成長しているミルクと寝るのは、理性に優しい訳では決して無い。


 俺はシルフさんの入れてくれた抹茶を一口飲んで、小さくため息をついた。

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