花の訪れ
それは、春の花舞う日。
深閑とした並木道に、小さな花びらがひらひらと落ちていく。糊の利いた制服に身を包み、リタはほうと感嘆の息をつく。
静まり返った小道。無意識に鎮めた息に、花弁が遊ぶ。不意に強風が巻き上げ、視界を覆う。
花びらの落ち切ったその先に。
彼女は、美しいひとを見た。
*****
季節は巡り、冬。
小さな机の上に、とん、と
まろい硝子杯が三層に満たされている。雪原のように真白い
その上にはふわふわとした生
雑誌で見てから楽しみにしていた星空
リタは
「……すっごく
目を輝かせるリタ。
右から左から観察して、満足したのか
途端、輝く瞳。
きょろきょろと辺りを見渡して、そわそわと匙を進める。一口、二口、また一口。
瞬く間に三層の菓錘が掘り進められていく。
彼女の様子を
ふわふわの金髪と大きくはっきりした桃花眼。それを甘くとろけさせ、彼女の挙動を一心に目に焼き付けていた。菓錘と一緒に持ってこられた
にこにこと楽しそうにをリタは菓錘をつつく。
「あ、クリーム付いてる」
彼女のまろい
苦みの残った口が甘みを求めてか、あまり考えることなく、手が伸びた。
「あ」
自分のやった行いに、じわじわと顔が熱くなっていくのを自覚する。
慌てて指を拭って、腕を伸ばさないように肩身を狭めて机下に手を置く。遠くから届く店員の
真っ赤になっているだろう顔を
「っふふ」
今か今かと断罪に備えていると、上から降ってきたのは軽やかな笑い声。
恐る恐る視線を上げると、楽しそうにころころとリタは笑っていた。
「いいよぉ、ちょっと
よかった。胸をなで下ろす。
にこやかに匙を再び動かす様に、ほっと息を着いた。
規則正しく詰まれた
しかして暑いなどということもなく、心地の良さが作り出された空間。少し高い天井も、
そして、大きく取られた窓。店外では雪花がちらちらと舞い降り、道行く人は厚い
道路を挟んだ向かい側。いくつもの看板が明滅し、いくつもの広告が映し出されている。
その中で見慣れた姿が見えて、うげっと顔を
ディートリヒの表情の変化に首を
「えっアリーセ!?」
視線の先には、
緩やかに波打つ
アリーセが映っていたのはほんの十数秒。
看板はすぐに画像を変えて、リタ執心の彼女はいなくなった。
「はぁ~今日も素敵~~」
とろけた顔で、
それを
「……そんなに?」
「えっ
まずね、容姿が神がかってるの! 一見絵画みたいでね。どこから見ても完璧で、でも表情も豊かで、笑ってる姿なんてもっと魅力が増すんだよ!!
あ、容姿だけじゃなくって姿勢保持とかもすごいんだよ! 例えばさっきの広告だと背広なんだけど、動きやすくて、でもぱりっと決められててかっこいい感じなんだよね。
でも、
半分ほどに減った硝子杯に刺さった銀匙から完全に手を離し、両手を組んで熱烈に愛を紡ぐ彼女。しまったなぁという顔をして、それでも
乳脂が溶け、
「そこまで褒められるなんて光栄だね」
さらりと
無言のままの一人と二人。
数秒、視線が
いつまでも続く沈黙に見かねたディートリヒがため息をついた。
「眼鏡、認識阻害かけたままなんじゃない?」
「あぁ、そうだったね」
ディートリヒの言葉に、女性が黒眼鏡をちらりと上げる。
グラスの下から
そこに居たのは広告の中に居たはずのアリーセだった。
「!!!?!?!!??――あっアリー」
「しー……」
叫び声を上げかけたリタの口に人差し指を当てて、妖しく笑う。
ばふん、と音がしそうなほど急激に顔を赤く染めて声を失い、口を
深く深く、吐ききるほど深く息を吐ききった彼氏に、リタは助けを求めるように視線を向けるが、ディートリヒは頭を抱えて気づかない。
瞳に薄く水を張ったリタがディートリヒとアリーセを交互に見て、激しく顔を振る。普段は垂れている耳が、ぴょんと勢いよく立った。
「あははっ良い反応するねー」
なんだなんだと店内の視線が集まる前にアリーセは素早く黒眼鏡を下げた。
しばらくの間リタを観察し楽しんでいたアリーセが、ぽんと手を
「そうだ。教授がこれ君にって」
そう言って差し出した紙きれをディートリヒは渋々開いて、そして目を見開いた。読みづらい走り書きで記された、見慣れた文字。書かれていたのは
苦々しく顔を
「……なんで今渡したの」
「知らない方がまずいでしょ?」
にっこりと笑う
ディートリヒは
赤みは引きかけ、混乱は続いていながらも、なにやら場が動くとは感知した彼女が、不安げに手を取った彼を見やる。
「ごめん、急用ができた。
でも絶対埋め合わせするから!!」
ぐいっと顔を近づけて、ディートリヒは懇願する。
近くなった顔に、瞳に、視線が奪われる。長い
じわりじわりと赤みが増していく。一旦収まった顔色が、また
「わ、わかった……」
かちゃりと、硝子杯に残った銀匙が音を立てる。
「じゃあ少し付き合ってね、未来の妹ちゃん♡」
店内に残されたのは、体を崩して、耳まで真っ赤に染めて、机に突っ伏した娘と、それを
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