きう、きう、きう
その部屋には人魚が眠っていた。
すぅすぅと寝息を立てて人魚が眠っていた。
海に溶けた光が、柔らかに差し込む部屋の中。
額には
毛布の端から放り出された腕の先、
床には書きかけの
机の上の棚には色とりどりの本が並び、積み重ねられていた。
机の
ゆらゆらと豊かな
飛び出した腕や
ぱちぱちと幾度か
一通り遊べば、いろとりどりの魚は
魚が行くのを見送って、少女は一つあくびを
毛布をたぐり寄せて身体に巻き付け、少女は廊下を泳ぐ。
左手に砂地の壁を、右手に海草揺らめく海を携えて左回りに。
徐々に強くなる香りに心を躍らせながら
空は遠く、
一つ二つと扉を通り過ぎて、辿り着いた先は炊事場であった。
途端、視界に入ったのは
つぷんと指を沈ませれば
海の中に風吹く地を作るための魔法は、少女の片割れが好んで使うもので。水のない空間で泳げない人魚は浮き輪を作ってから、慣れたように身体を滑り込ませた。
部屋の中には楽しげに
腰に巻き付けた浮き輪で浮かぶ人魚。彼はさっぱりと切られた赤髪を
牛乳と
暖めすぎないように気をつけて?
おっと、お次は卵と砂糖!
泡立たぬようにすり混ぜて!
無声の歌が聞こえる。
演奏者は三人、指揮者は一人。
彼の指揮に合わせて食材が舞い踊り、姿を変えていく。
演奏に
舞う
大惨事が容易に想像できる事態に、少女は慌てて腕を振る。長椅子に預けていた身体を乗り出して、床に落ちかけた調理途中の食材たちを受け止める。ふよふよと浮くそれらは、床にぶつかるまで指一つ分のところであった。
「もう! 危ないよ、ロア」
机の上に取り出したボールの中に慎重に移していく。全てを移し終えた頃には、目を白黒させていた片割れ――ロアも少しは落ち着いたようだ。
「ラ、ラニ? もう、声かけてっていつも言ってるのに……」
「むぅ、だって邪魔したくなくって」
得意げに腰に手を当てていた少女も聞き慣れた苦言を呈されて瞬く間に小さくなる。
長椅子に丸まったラニを置いて、少年は部屋の隅から瓶を取り出す。真っ白な液体で満たされた瓶。
流し台のそばに引かれた術式の上に
食器棚から飛び出してきた
「寝てても良かったのに。ご飯できたら持って行くよ?」
「ん~」
言葉と共に差し出された杯。毛布に包まれたラニは、小さな温室から出まいとほんのわずか手を伸ばして受け取った。
少年の質問には答えず、少女はちびりちびりと
片割れの珍しい姿にロアの悪戯心が
「あれ、もしかして寂しい?」
「別に、そんなことは、なくも、ない……けど」
遠回しな肯定の言葉にロアは目を丸くする。少年からは目を離して、小さな手で杯を握り込んで、毛布にくるまりながら身を縮める姿はどこか幼い。
ロアは小さく、ラニに聞こえないほどに小さくため息をついてから、炉火をひとつ、少女の近くへと動かした。
「待っててもいいけど、ちゃんと暖かくしてね。風邪、長引かせたらやだよ」
「わかってるよ~……」
拗ねたたまま返事したラニに、満足げに
机の上に並べられた野菜や
どこかから取り出した魚がちりちりと色を濃くしていく。炎を直接当てず、鉄板を間に挟んで焼き目が付けられる。
袋の中から飛び出した白い粉に牛乳を加えて混ぜていけば段々と
ひい、ふう、みい、と数えていけばそれは片手の指の数を超え、数えているうちにまた一つ増えていった。
ロアは作るのも食べるのも好きだ。
いつだって楽しそうにたくさん作って、
夢中になって
白く輝いていた結晶は溶けて
こんがりと焼き目のついた魚にはふつふつと沸いた水が次々に投げかけられ、細かく切りそろえられた野菜の入った
泡のない蜂蜜色の卵液を容器に入れて水で包んで火を入れる。魚の元に泳いでいった貝は間抜けに口を開けた。
あちらでは香ばしく魚が焼け、肉と野菜の澄んだ匂いがする。
焼きたて
少しだけ焦げた砂糖の苦い香りがふわふわした気持ちを落ち着ける。いろんな料理の匂いがして、それでも完全には混ざり合わずにそれぞれが楽しげに主張してくる。
机の上には種々の器が並び、浮かんでいた料理がゆっくりと落ちてくる。
白く磨かれた器に盛られ、ラニの前へと差し出される。
「どうぞ、召し上がれ」
ロアの奏でる合奏は余韻を残して終わりを告げた。
立ち上がる湯気と黄金色に紛れ込んだ
途端口の中であふれ出す
宝石のように澄んでいた液体にはいろいろな味が溶け込んでいた。
野菜の甘みが舌を優しく包み、煮出した骨の
「ん~、美味しい!!」
ラニが順調に器の中身を減らしていくのを上機嫌に観察してから、ロアも自分の前に並べた料理へを付けた。二人の前の料理はみるみるなくなっていき、すぐに器の底が見えてきた。
最後の一滴まで飲み切って、ラニは満足そうにお
「ごちそうさま! とっても美味しかったよ」
「はーい、食欲はあるみたいでよかったよ」
重ねられて飛んでいく器の代わりに、一つの小瓶が飛んできた。見覚えのあるそれにラニは嫌そうな顔をする。
「じゃあ、あとは食後の薬だよ」
透明な
滑らかに美しい曲線を描く胴体。きゅっと
効果は抜群だが、
どうだ、と言わんばかりに
そして冷蔵庫の中からご褒美の氷菓が飛び出してくる。目を輝かせたラニに、ロアは弾けるように笑った。
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