第127話『闇より出でる白』
この戦いが始まる前からずっと、俺は葛藤していた。カイメラを本当に殺すべきかどうか、話し合う余地は無いのか、他の道はないのかと思っていた。
『――――例え誰かを殺すことになっても、俺は俺の仲間を守ってみせる』
グリーベルの地下屋敷に泊まり、眠りについたイルンの傍で誓った。あの覚悟は今でも揺らいでおらず、必要なら始末をつける気でいた。だが、だ。
「カイメラが仲間になるなら、エルフの国を襲わないでくれるなら、殺す必要は無くなる。キメラの組織と決別して俺の手を取ってくれ」
「……何言ってるのよ。あたしは自分の記憶が必要で……」
「手段が一つって決まったわけじゃないだろ。エルフの国にはそこらに無い魔法がいくつもある。探せば解決策が見つかるかもしれない」
説得の根拠としては稚拙で、あまりに他力本願な発言だ。だが俺はカイメラが求めているモノの正体を知らなかった。事前の下調べは無理だった。
俺にできることは持ちうる可能性を提示し、希望を示すことだ。こっちに来る方が人のためになると、誠心誠意伝えて仲間に引き込む。これでダメなら今度こそ諦めて剣を取って殺し合う。ただそれだけの話だ。
「……無理よ。だってあたしが連れてきたキメラや魔物は、エルフの国の人を傷つけたわ。もう誰かが死んでいるかもしれない」
「だったらエルフの国を救った功績を提示して、族長と取引する。記憶を取り戻す協力だけしてもらって、その後はエルフの国と関わらないようにする」
「……あなたの仲間が死んでいたらどうするのよ」
「死ぬほど後悔して、血が出るほど拳を握りしめて、それで結果を受け入れる。殺し殺されの連鎖を止めるために、皆の前で頭を何度でも下げて謝罪する」
「……理想論よ。そんなの認められるわけない」
「あぁ、本当にバカみたいな理想だ。でも俺たちは自分のためじゃなく、世界を救うために集まった。なら過ちを犯した一人の少女だって許せるはずだ」
その言葉には俺の願望が多分に含まれていた。
でもそんな願いを抱けるほどの信頼を俺は仲間に抱いている。だからここまで来れたし、この先にも行ける。そこにカイメラがいてくれたら嬉しかった。
「クーくんは、本当に世界を救おうとしているの」
「嘘みたいな話だろ。だけどこれが大マジなんだ」
「なにそれ、記憶一つで悩んでいたあたしがバカみたいじゃない」
「優劣なんてないだろ。記憶は大切だ。カイメラはそれを望めばいい」
同じ目標を持ち、別の夢を志す。そういう関係を目指そうと告げた。
俺はリーフェの記憶の復活と元の時代への帰り方を探し、その過程で世界を救う。イルンは好敵手とやらと競って勝ち、その過程で世界を救う。マルティアとエンリーテは過去と未来に存在するイルブレス王国の復興を目指していく。
「もし記憶を戻せなかったら、俺たちとの記憶を糧に生きていく。そんな生き方はできないか。俺たちと一緒に未来を夢見てくれないか?」
思っているすべてをぶつけ、カイメラの返答を待った。
カイメラは呆れ笑いをし、目元に浮いた涙を手で拭った。
「……何だかプロポーズみたいね。誰かさんが嫉妬するわよ」
「誰か? ……誰のことだ?」
「え」
「え」
「クーくん、それ本気で言ってるの?」
「いやだって俺キメラだぞ。人に惚れられること何てあるか?」
「……呆れた。でもあたしが記憶を失ったように、クーくんもそういう感情を失ったのかも。似た者同士なら、欠けた部分を埋め合わせられるかもね」
やれやれとため息をつき、カイメラは言った。
「一つだけ条件があるわ。絶対にあの二人も受け入れて」
「あの二人って、シメールとベリウスか……」
「そ、かなりのやんちゃ小僧よ。言っておくけどかなり手を焼くわ」
「……手綱を引ける自信はないが、まぁ、カイメラがいるなら」
いくら何でも協力の余地のない相手を仲間にしてくれとは頼まないはず。問題があっても基本はカイメラが面倒を見てくれるはず。そう願った。
「じゃあ交渉成立、でいいのかしら」
「あぁ、今後ともよろしく頼む」
カイメラは地につけた膝を上げ、差し伸べた手を取ってくれた。
そのまま手を引いて立ち上がらせようとし、俺は『ソレ』を見た。
「――――クーくん? いったいどうし…………」
疑問を浮かべるカイメラの背後に、突如黒い影が集い出した。散らばった枝や葉を覆い隠し、月の光すら呑んで景色を漆黒に染めていく。
影の中から出現したのは、無機質な白い仮面を着けた礼服姿の男性だ。その手には大きな白いキメラの肉片があり、ゾワッと背筋が震えた。
「ダメですよ、カイメラ。与えた仕事は果たさなくては」
え、とカイメラの声がする。仮面の男性は指を細くまとめ、白いキメラの肉片を身体の中にねじ込もうとする。狙いはカイメラの背中だった。
手がスローモーションさながらに伸び、指先が肌に触れる。俺は強引にカイメラの身体を引っ張って庇い、入れ替わるように前に出て叫んだ。
「カイメラに、触るなぁ!!!」
水分子カッターを再発動し、躊躇なく切り掛かった。水の刃は仮面の男性の顔面に触れるが、何も切れずに素通りした。驚愕する俺に仮面の男性は接近し、カイメラに取り込ませようとしていた肉片を見せつけた。
「――――あぁ、確かにそれも素晴らしい。救世を成すためにここまで来たキメラが、逆にエルフの国を滅ぼす。我が主もさぞお喜びになるでしょう」
グチャリと音がし、仮面の男性の手が胸に刺さった。ゆっくりと手が引き抜かれ、焦ったカイメラの声が耳に届き、すべての感覚がおかしくなった。
「あ、ああぁ、あ■■あ、■あ■■■、■■■■■!?!」
心臓が焼けるようだった。視界が白く染まった。自分が何を考えているか分からなくなった。■に寄り添う獣の耳を持った少女は誰か、■を見て笑っている仮面の男性は何者か、■はどうしてここにいるか思い出せなくなった。
「さぁ、神に与する愚か者よ。終局への序章を奏でなさい」
最後にその声が聞こえ、音が遠くなった。身体の至るところが変形を始め、内包していた魔物が溢れ出した。■は■を失い、■■■■■となった。
キメラ■■■■■■■■■(レベル■■)
攻撃■■■ 魔攻撃■■■
防御■■■ 魔防御■■■
敏捷■■■ 魔力量■■■
脳裏に反響するのは、「すべてを殺せ」という意思のみだった。
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