第126話『獣として、人として』

 俺は武人カマキリの大鎌を生やし、接近してきたカイメラに応戦した。鎌と爪を幾度なく衝突させ、茂みを割って森を駆け抜けていった。


「はっ!!!」

「やぁ!!!」


 鋭く速く、首元を狙って大鎌を振り抜く。カイメラは手の甲を刃の腹に乗せ、鎌の軌道を逸らした。二撃目の大鎌は片足で蹴り上げ、上体のスイングを利用した追撃の回転蹴りをしてきた。俺の左腕は付け根から切断された。


「――――だが、なっ!!」


 傷口をカイメラに向け、噴出する血の飛沫を浴びせた。そこで眷属召喚を行い、血液をスライムに変えた。スキルの消化粘液は効かないが、スライムの生物的特徴であるヌメリと粘着力は有効だ。カイメラは動きを鈍らせた。


「っ!? 邪魔よっ!!」


 俺は身体強化魔法を最大にして走り、無事な方の鎌でカイメラの片腕を切断した。振り返り様にも切り掛かるが、こちらは寸前で回避された。


 俺たちは互角に競り合い、どこまでも走り続けた。キメラオルトロスになって魔法を撃ち、乱戦の最中に火炎暴風を命中させる。カイメラは炎を纏った状態で飛び掛かり、爪の連撃で俺の肉体を破壊する。そしてまた距離を取った。


 ここまでの戦いで手持ちが減り、変身のストックはあと少しとなった。俺はワーウルフリザードとなり、人獣形態のカイメラと向き合った。


(……二角銀狼もやられたか。頭は角狼で代用できるが、蜥蜴男まで失ったらもう後がない。いい加減ここが正念場だ)


 円を描くように間合いを計っていると、カイメラが話かけてきた。


「ねぇねぇ、クーくん」

『なんだ』

「今ね、とっても楽しいと思わない?」

『楽しい?』

「余計なことを考えず、ただ命を燃やして戦う。胸の奥に渦巻く迷いや悩みも、明日に対する不安も、全部全部消え去ってくれる。戦いだけが人を獣に戻してくれる。これってとっても有意義な時間だと思わない?」


 否定は……できなかった。事実俺はカイメラと戦っている時、エルフの国のことを忘れていた。身に降りかかるしがらみから解放されていた。だが、


『悪いが俺は獣になれない。喜びも苦労も後悔も、全部受け入れて前に進む』

「それって本当に大変よ。あたしはもう諦めたもの」

『なら何でカイメラは後輩を持ったんだ。本当は心残りがあるんじゃないのか』


 そう問うた瞬間、カイメラは殴り掛かってきた。両腕を前に構えて防ぐと、がら空きの脳天にかかと落としがきた。俺は直撃を肩で受けた。


『図星だな、カイメラ! 本心では人に戻りたいんじゃないのか!!』

「それが何よ! あたしはもう、キメラとして生きるって決めたのよ!」


 カイメラの足をツタで巻き取り、蜥蜴男の爪で脛を切った。

 みぞおちに膝蹴りを受けるが、動揺のせいか威力が弱かった。


『戻ればいいだろ! 今ならまだやり直せる!!』

「そんなのできるわけないわ!」

『何でそう、結論を急ごうとするんだ!!』


 カイメラは眷属召喚を行い、傷を再生させる時間を稼いだ。

 俺は岩石巨人の腕を出し、魔物の群れを一撃で潰して接近した。


『人と会って嫌なことがあったのか! 何か言われて失望したのか!!』

「うるさい! 黙って! あたしに構わないで!!」

『本当は人が好きなんだろ! だから繋がりを求める! 守ろうとする!!』

「守っても無駄なのよ! だって、あたしは!!」


 微かに、ほんの微かにカイメラの弱さが見えた。

 俺は繰り出された拳をかすり避け、水分子カッターを再発動した。刃を最大まで伸ばし、周辺の木々をまとめて伐採した。残骸は雪崩のように落下し、森には衝撃音が鳴り響いた。遮蔽物が無くなって一帯が明るくなった。


『もう終わりにしよう、カイメラ』


 そう言い、葉っぱをどけて前に出た。カイメラは俺を見つめ、目を見開いて驚いた。視線の先にあるのは俺の右手、そこには一振りの大剣があった。


「そんな剣、いったいどこに……」

『まぁしいて言うなら、俺の中だ』

「……俺の中?」

『正確には俺が用意した術式の中だな』


 俺は顔の横辺りに魔法陣を出し、そこに左手を差し込んだ。取り出したのは右手の物と同じ形状の大剣で、それぞれを両手に掴んで振り回した。


『――――これが新しい魔法、空間収納魔法だ』


 青の勇者から授けられた二つの魔法、その片方がこれだ。俺の力では重さ数十キロが許容値だが、こういった武器を隠し持つことは可能だった。


 大剣はエルフの国の魔法で鍛えられたもので、耐久性の増加と斬撃力の向上に加えて重さ軽減まで掛かっている。ワーウルフリザードの膂力なら小枝を振るように扱うことができ、大幅な戦力向上が期待できる代物だ。


『俺とカイメラの実力は互角だ。このまま行けば相打ちになる。だがそれはキメラの力に限定した時の話だ。これなら戦力の天秤は傾く』

「……それで?」

『戦いを始める前に言っただろ。勝ったらカイメラが戦う理由を教えてくれるって。それを聞くまでは殺せない。それが俺の覚悟と決断だ』


 カイメラは睨みを利かせて踏み込もうとし、二の足を踏んだ。何分でも何時間でも待つ構えでいると、俯いた顔から小さな声が聞こえてきた。


「……あたしね。キメラになる前の記憶がないのよ。目を覚ましてすぐに見たのは、あたしを強く抱きしめる見も知らぬ女性の姿だったわ」

『………………』

「その人はね、あたしを見て笑ったの。腹がえぐれて血が溢れてるのに、息も絶え絶えで死にかけなのに、親が子を見るような目をしてたのよ」


 その女性はカイメラの頭をひと撫でし、口元を三回動かした。直感で名を呼ばれたと理解するが、それがどんな名前だったのかは分からなかった。


「あたしは自分の名前が知りたい。キメラになる前はどんな人生を歩んでいたのか、あの人が本当にお母さんだったのか知りたい。だから戦ってたのよ」

『キメラの組織は本当にその願いを叶えられるのか?』

「似たような現場を見たから間違いないわ。でもその願いを果たした先輩……、人型キメラは自殺したわ。耐えられないものがあったんでしょうね」


 キメラとして生きていたから残虐な行為ができた。カイメラが言う先輩とやらは人間らしさを取り戻し、罪の意識に耐え切れず死んだ。あんまりな結末だ。


『だからカイメラは、人を極力殺さず生きてきたのか』

「……そうね。やっぱり誰かが死ぬのは怖いから」

『記憶を取り戻したら、同じように死にたくなるかもしれないぞ』

「それはその時よ。覚悟の上だわ」

『そうか、分かった。今の話でようやく決心がついた』

「…………え?」


 俺は大剣の先端を地面に突き刺し、アレスの姿に戻った。そして反撃を受ける覚悟で歩み寄り、朧気で温かな月光の下で手を差し伸べた。


「――――カイメラ、俺たちの仲間にならないか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る