第125話『夜を切り裂く』

 森を駆けて木々を破壊し、丘を踏んで土煙を巻き上げる。俺とカイメラはエルフの国の防衛線から離れ、互いに譲れぬもののために戦い続けた。


カイメラ(魔獣形態・フルスペック)

攻撃S+ 魔攻撃A

防御A+ 魔防御A

敏捷S+ 魔力量B+


クー(キメラギドラ・ジュエルフォルム)

攻撃A+ 魔攻撃S

防御S  魔防御S

敏捷A  魔力量A


 俺は翼を広げて空に飛び、頭上の有利を取った。三つ首から業火を噴射して地表を焼くが、夜の闇を駆け抜ける白い影を捉えることは叶わない。


 今のカイメラは白虎の魔物を素体した姿となっている。全長は俺と同じく六メートル級で、獅子や狼といった部位が散見される。接近戦の能力と速力が高く、放った魔法攻撃はすべて空を切る。必殺の水レーザーすら避けられた。


(だが、このまま高低差の有利を維持すれば勝てる!)


 地上にさえ落とされなければ負けることはないのだ。

 決して油断せず攻撃を続け、カイメラを大森林のくぼ地に誘導した。より狭い空間に追い込めばあの速力も無為になる。そう判断した時のことだった。


「あら、このまま勝てるって思ったの? 舐められたものね!」


 カイメラは疾走の速度を上げ、背に巨大な翼を生やした。

 数度の羽ばたきで高く飛翔し、空中の俺へと接近してきた。


「っ!?」


 高度を上げて暴風を発射するが、カイメラは難なく回避した。加速に合わせて身体を回転させ、上昇からの下降で距離を一気に詰めてきた。俺は両腕を前に構え、宝石の鎧の外殻をぶ厚くして突進を受け止めた。


「ふふふっ、捕まえたわ! もう逃がさないから覚悟なさい!」

『飛べないって言ってたわりには、ずいぶんと達者な動きだな!』

「この日のため、頑張って鳥の魔物を食べたのよ。だから今は吐き気をこらえるので精一杯だわ。早く地上に落ちてもらうわよ! クーくん!!」

『やってみろ! 先にその翼を焼き切って叩き落としてやる!!』


 宝石の棘を全身から生やし、カイメラを弾き飛ばした。

 カイメラは即座に体勢を立て直し、弧を描いて飛行した。

 俺は煙幕胞子と雷撃をばら撒き、最大威力の業火を噴射した。


 三本の紅い火線が夜空を裂き、カイメラを狙って動き続ける。一本は上昇を阻むように伸び、二本目は下降を封じて迫り、三本目が本体に直撃する。

 空戦の要である翼が焼けるが、それでは終わらなかった。カイメラは落下しながら眷属召喚を行い、大型の鳥の魔物を十数体近く飛ばしてきた。


「さぁ! これはどうするのかしら!!」

『決まってんだろ!! 真っ向から受けて立ってやる!!』


 肩を掻きむしり、刃兜虫を十匹召喚した。さらに二角銀狼と雷鳴鰻と黒鱗のワイバーンの頭を至るところに生やし、一斉射撃で鳥の魔物を撃ち落とした。


 大森林の空は爆発と閃光で彩られ、絶え間なく衝撃波が巻き起こる。視界を遮る爆炎を翼で払うが、どこにもカイメラの姿がなかった。敵の力量と位置を確かめられる宝石の瞳で位置を探ると、背後から力の圧が感じられた。


「うー……、にゃん!」


 カイメラは鳴き声と共に現れ、俺の背に飛び掛かった。爪を立てて宝石の鎧に組み付き、牙で黒鱗のワイバーンの翼にかじりついてきた。


 棘を生やして振り払おうとするが、身体中を串刺しにされてもカイメラは退かなかった。俺たちは暴れながら降下し、大森森の一角に墜落した。起き上がって空に上がろうとするが、すでに片方の翼は喰い千切られていた。


「ようやくあたしの主戦場ね。これで勝ったも同然ね」

 カイメラは口から肉片を吐き出し、白虎の顔面についた血を手で拭った。


『そう言うわりにはボロボロだな。そっちももう飛べないだろ』

「クーくんを落とした以上役目を果たしたわ。後はもう蹂躙するだけ」

『そう簡単に行くと思うか?』

「えぇ、だってあたしは獣のキメラだもの」


 余裕綽々に言い、カイメラは舌なめずりした。

 俺は宝石の鎧をより強固にし、腕のサイズを三倍にした。カイメラが牽制として放ってきた魔法を無効化し、大地を踏みしめて一歩二歩と近づいた。


 カイメラは逃げも隠れもせず、頭以外の部位を変身させた。胴体をクマに変えて腕をゴリラにし、ゾウの強靭な足で雄々しく立ち上がった。

 重量感のある拳が交差し、一帯の大地が鳴動する。顔に胴体に拳を打ち込み、咆哮を上げて牙を立て、爪を喰い込ませて血を噴き上がらせる。


「ギウッ! ガアァァァァァァアァァ!!!」

「フシャ! ギウニャァァアァァァァ!!!」


 まるで自分自身も獣になったようだ。口を開き合って威嚇し、容赦の無い一撃を顔面に叩き込む。反撃でのけぞった身体を戻し、重く額を打ち付ける。

 宝石の鎧のあちこちヒビが入るが、まだまだ戦えた。カイメラは損傷した魔物の部位を何度も変え、新たな魔物の部位を用意して飛び掛かってきた。


(……接近戦の実力はカイメラが上だが、宝石の巨人には優秀な耐久力がある。身の削り合いなら、こっちに分がある!!)


 あえて爪と牙を受け、カイメラの身体を掴んだ。その状態で水分子カッターを右腕に出現させ、高速回転させた刃で腹を深く裂いて血を噴出させた。このまま本体まで切断しようとするが、寸前のところで逃げられてしまった。


「やっぱりそれ強いわね。手持ちの水魔法耐性じゃ防げないわ」

『いい加減負けを認めてくれるか?』

「ふふふ、良い気迫ね。ならこっちも切り札をみせようかしら」


 そう言い、カイメラは百メートル近く後退した。そこで姿勢を二足から四足に戻し、全身に高密度な魔力を纏わせた。周囲の空気が一気に張り詰め、向けられた殺気で背筋が震えた。俺は水分子カッターを前に構えた。そして、


 カイメラは超高速で森を駆け、一瞬で視界から消えた。前から右へ後ろから左へ、進路上のものを破壊して疾走する。目では追いきれなかった。


「にゃにゃにゃう、にゃにゃにゃう……にゃっ!!」


 カイメラは死角から突撃し、一撃で宝石の鎧を粉砕した。さらに俺の身体に噛みついて引きずり、ひたすら前へと進み続けた。水分子カッターを腹に刺すが、カイメラは止まらなかった。俺たちは分厚い岩山に衝突した。

 

「…………ぐっ、くそっ」


 キメラギドラを維持できなくなり、俺はアレスの肉体に変身した。砂利を握りしめて立つと、目の前の木の幹に人獣形態のカイメラが降り立った。


「――――さぁ、第二回戦といきましょうか?」

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