第124話『それぞれの戦場』
…………戦闘が激化し、各地で人型キメラが確認された。
北のエンリーテは二体の人型キメラと遭遇した。片方は魚介のキメラベリウスであり、もう片方は全身に粘液を纏ったスライムのキメラだった。
「おいおいおいおいおい、マジで剣士が相手じゃん! 楽勝じゃん!!」
「……油断、だめ。こいつ、弱く、ない」
「はっ、斬撃が効くわけないじゃん お前は本当にバカでアホじゃん!!」
調子づくスライムのキメラとは対象的に、ベリウスは慎重だった。
エンリーテは随伴のエルフを下がらせ、単身で二人に歩き寄った。
「わたしはエンリーテという。そちらは序列持ちのキメラで相違ないか」
「決まってんじゃん! こっちは八位で、こいつは九位じゃん!」
「……八位と九位か、軍勢の数の割に序列が低い。本命は別ということか」
「何ブツブツ言ってるじゃん! もしやバカにしてるじゃん!!」
勝手に喋って勝手に怒り、スライムのキメラは身体の形を変えた。
エンリーテは鞘から剣を抜き、新たに手にした義手を月光に晒した。
「一応聞く、君たちはここから去る気はないのだな」
「あるわけねぇじゃん! この戦いに勝利したら好きなだけエルフとやらを喰っていいって言われたじゃん! ならやるしかないじゃん!!」
「では、容赦なく命を絶たせてもらう」
「ははははは!! やってみるじゃん!! この粘液はあらゆる物理攻撃を防ぐ、てめぇが持ってる剣なんて微塵も脅威じゃねぇじゃん!」
馬鹿笑いし、スライムのキメラが動く。身体の粘液を薄く伸ばし、一帯の草木を丸呑みする。動植物は一瞬で溶け、酸っぱさのある悪臭が漂った。
エンリーテは斬撃を放ち、粘液の塊を縦に裂いた。が、スライムのキメラの形状はすぐ戻った。反撃として粘液の弾が数百発以上も発射された。
「ほらほらほらほらほら!! 逃げないと死んじまうぜ!!」
「――――ふむ」
「ベリウス、そこで見てるじゃん!! すぐ溶かし殺してやるじゃん!!」
一滴一滴が必殺で、斬撃による効果は薄い。エンリーテは後退しながら思考し、立ち止まって剣に魔力を通した。そして一切臆さず前に出た。
ミルルドとレレイドが担当する東には序列五位のキメラが現れた。そのキメラの姿は全長十数メートル級の巨人で、全身が鉱石で構成されている。
エルフの兵が放つ魔法攻撃を防ぎ、歩きの邪魔となる味方のキメラや魔物たちすら潰してエルフの国へ進んでいく。不動の力を持つ鉱石のキメラだ。
「殺す殺す殺す、潰す潰す潰す、進む進む進む」
通り道の渓谷に差し掛かった時、両側の崖が砕けた。飛び出したのは大量の瓦礫と、生き物のようにうねり鉱石の身体に絡みつく木の根っこだ。
「人型キメラは一体だけなのね。ちょっと読みが外れたわ」
「……でも強そうだよ。……早く止めないと大変なことになる」
高い木の上に立ち、ミルルドとレレイドは敵を見下ろす。鉱石のキメラは怒りも戸惑いもせず、ブチブチと根っこを引きちぎって歩いている。
二人は同時に詠唱を行い、崖の両側から木の槍を無数に出した。鋭い刃先は鉱石の隙間に入り込み、今度こそ身動きを封じる。だが鉱石のキメラは身体の形状をひし形の結晶に変え、高速回転で邪魔な木の槍を破壊していった。
「殺す殺す殺す、潰す潰す潰す、進む進む進む」
妨害など意に介さず、鉱石のキメラはまた巨人となって進む。ミルルドとレレイドは頷き合って木から降り、進路上の道に先回りして宣言した。
「――――この地に足を踏み入れたこと、後悔させてあげるわ!」
「…………逃がしはしない。……あなたは私たちの力で確実に倒す」
故郷を守るため、ミルルドとレレイドは更なる詠唱を紡いだ。
各所で戦闘が激化する中、戦力が手薄な西に虫のキメラシメールが現れた。
シメールの背後には魔除けの魔石を無効化する魔導具持ちのキメラが数体おり、悠々と森の奥に向かって進んでいく。どこからも攻撃は飛んでこなく、人の気配すら感じられない。呆れるほど平穏な森景色だった。
「おい、誰もいねぇじゃねぇかよ。エルフには能無ししかいねぇのか?」
シメールは虫の姿で先行し、脅威が無いことを確認してから指示を出した。キメラたちは次々と結界を構成する木々を壊し、エルフの国の入口を探し回った。
「あー、つまんねぇ。こんな単純作業なんて柄じゃねぇぞ。到着が遅れたら嫌味を言われちまうし、こりゃ貧乏くじを引かされたか?」
気だるげに言い、一本の木を破壊した。
その瞬間、どこからか風を切る音が鳴った。
「は?」
そう声を発すると同時、真横のキメラが倒れた。胴体には小さな穴が開き、血がとめどなく溢れている。シメールは反射で叫びを上げた。
「――――おめぇら!! 今すぐ伏せろ!!」
今すぐ伏せ、のタイミングでまた風音が鳴った。夜の闇に青い光の帯が一瞬煌めき、通り道にいたキメラが断末魔も上げれずに絶命した。
シメールは土の段差に身を隠し、青い光の発射地点を予想した。距離は少なく見積もっても数百メートルあり、一帯には木や茂みがある。とても狙撃を行える地形ではないが、三度目の風音でまたキメラが一体倒された。
「……おいおい、マジかよ。どんな精度してやがんだ!」
シメールの脳裏には水の魔法を操る少女の姿が浮かぶ。だが一度目の戦いではこれほど異次元な強さはなかったはず。と、思い返した。
(クーだか何だかが西にいたのか? だがカイメラが標的の位置を誤認するとは思えねぇ。あの女の名は確か…………イルンとか言ってたはずだ)
思考する間にも四体五体とキメラが倒された。ものの数分で手勢をほぼ失い、シメールは焦った。段差から身を乗り出して怒声を放った。
「こそこそ隠れやがって!! 正々堂々勝負しやがれ!!」
返答は無慈悲な風音だった。六体のキメラが倒れ、残りは三体となった。
遠方からシメールの様子を確認し、イルンは冷静に狙いを定めた。ほふくの姿勢で片腕を前に出し、腕に装着している杖に魔力を通した。
「アイさん、次に狙うキメラはどうしますか」
「――確認します。北西方向、二の十七の木の影に一体います。キメラの本体の位置は右のふとももと判定、角度的に多少の射撃補正が必要と判断します」
「分かりました。それじゃあ撃ちます」
眼帯の望遠機能を使い、正確にキメラを捉えた。そして直進が基本の水レーザーの術式を改良し、軽めの曲射でキメラの本体を撃ち貫いた。
発射地点を捉えたシメールが動くが、イルンがいる場所は認識阻害の結界が機能している。接敵の前に別のポジションへの移動が可能だった。
「やっぱり、ボクらでも行けますね。このまま西を守り切りましょう」
「――了解です。イルン様、アイは全力でサポートします」
力量差をものともせず、二人の少女は闇に紛れ奮戦した。
――――――――――
いつも作品を読んでいただき誠にありがとうございます。
突然ですが、この章の終わりまで二日に一度の投稿に戻そうと思います。次の投稿は日曜日となりますので、どうかお付き合いいただければ幸いです。
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