第120話『願いに想いを乗せて』

 俺はイルンを連れて宴の席の外に出た。ベランダの形になっている洞に移動し、夜の闇に包まれているエルフの国を見渡し、イルンへと振り返った。


 ドレスの色合いは綺麗な黄緑色で、一帯にある木々と同じく淡く発光している。布地は透けそうなほど薄く、肌の一部が露出している。前髪には宝石か魔石の髪留めがあり、女性らしきが今まで以上に強調されている。


 照れた顔も魅力的で、俺が贈った眼帯が見劣りしていた。 

 火傷は治療済みらしく、顔に腕と艶のある肌となっていた。


「クー師匠、このドレス……どうでしょうか?」


 思うままに「似合っているぞ、綺麗だ」と言うと喜んでくれた。俺のすぐ隣に移動し、少し前まで火傷があった箇所の髪をかき上げた。


「ついさっき治療が終わったんです。クー師匠が人の姿に戻れたって聞いて、急いで駆けつけました。宴が終わる前に顔合わせできて良かったです」

「眼帯は着けたままだけど、目はダメだったのか?」

「治すことはできるそうです。ですが治療に時間が掛かりそうだったのと、思うところがあったので保留しました。結論はもう少し後に出します」

「…………何かするつもりなのか?」


 はい、と返事がきた。だがそれ以上は答えてくれなかった。

 後で教えてくれるのかと聞くと、強く「はい」と言ってくれた。


 いずれ知れる内容なら無理に聞き出すこともなく、片目に関する話題を止めた。いつもと違う雰囲気なのもあってか普段通りの会話ができず、一度目を逸らした。すると頭上に広がる雲一つない星空が目に入った。


「もう少しで満月だな。思えば遠くまできたもんだ」

「ですね」

「イルンと会ってから一ヵ月も経ってないって、何だか不思議な感じだ」

「分かります」


 ここから先も冒険を続けられるのか、ここが冒険の終着点となるか、俺たちの働きに掛かっている。誰かに負ける気はないし、この場の誰一人として死なせる気はない。世界を救うならばそれぐらいの気概を持つべきだ。


(…………そう、誰かを殺すことになってもだ)

 イルンを慰めた夜にした決意、それを強く噛みしめた。


 言葉を交わさず夜空を眺めていると、一筋の流れ星が見えた。その数は一つ二つと増えていき、夜のキャンバスが光の軌跡で彩られた。


「――――いいな。これだけあれば願いごとも三回言えそうだ」

 無意識に呟くとイルンが意味を問うてきた。


「俺がいた故郷だとな。流れ星が消える前に三回お願いすれば願いが叶う、っていうのがあったんだ。まぁ速過ぎて一度も成功しないんだけどな」

「素敵な言い伝えですね。ボクの故郷での流れ星は良くないことの前触れと言われていました。見方一つで印象が大きく変わるものですね」

「良くないことの前触れって、じゃあこの流星群はどうだ」

「えーと、大きな災厄の訪れになりますかね。他には……」

「いや、いい。今縁起でもない話はやめよう。もし一つでも当たったら悲しくなる。どうせなら良いことだけを話すべきだ」


 イルンは「それもそうですね」と言って笑ってくれた。気を取り直して流星群に視線を戻すと、イルンが風に消え入りそうな声で呟いた。


「……ボクも願えば、おもいを叶えることができるでしょうか」


 寂しく切なく辛く、それでも諦めきれない思いがあった。

 どんな願いなのか聞いてみるが、イルンは首を横に振った。


「それは、俺の力でどうにかしてあげられるものなのか?」

「そう……とも言えますね」


 気まずそうに片腕を抱き、イルンは俺を見上げた。今にも泣き出してしまいそうな脆さと儚さがあったが、固く口を結んで耐えていた。


「本当は言ってしまいたいんです。でもまだダメなんです。言葉にすればそれは叶わなくなるとも言いますし、何より今動くのは卑怯ですから」

「……イルンが卑怯? ますます分からないな」

「いずれ話します。だから待っていて下さい。ボクの願いはもっと先、クー師匠が願いを叶えた後でいいんです。じゃないと迷惑になりますので」


 イルンは一歩分距離を取り、「……きです」と聞き取れない声量で言った。

 何を言ったか知ろうとするが、その表情は聞き返さないでと訴えていた。


 気まずさともまた違う感情に支配されていると、イルンの雰囲気が急に変わった。師匠を慕う弟子のような愛嬌を見せ、俺の手を取って宴の席に戻ろうと誘ってくれた。魔法の時間はもう終わったのだと理解した。


「まだ何も食べていないんですけど、どれが美味しかったですか」

「野菜料理はどれも良かったな。逆に肉料理は当たり外れがあった」

「クー師匠が気に入った料理、ボクも食べてみたいです」

「宴はまだ始まったばかりだしな。一つ一つ回っていくか」


 イルンは繋いだ手を離し、先へと進んでいった。そして静けさと賑やかさの境界線上で立ち止まり、温かな逆光を背にして言い放った。


「――――ボクは負けません。クー師匠たちが立ち向かっている世界の敵にも、エルフの国を襲うキメラにも、たった一人の好敵手にもです!」


 好敵手とはいったい誰のことか。願いを口に出せない理由にも繋がるのだと察するが、正体はついぞ明かされなかった。どちらにせよイルンの中で大きな決心がついたらしく、表情からは迷いが消え去っていた。


「さぁ、クー師匠。一緒に楽しみましょう!」


 ドレスのスカートを揺らし、イルンは光の中に消えていく。その後姿には逆境に立ち向かえる力があり、心の奥に眠る感情がドクンと動いた。


「……………………あれ」

 この鼓動の意味は何か、今の俺には判断がつかなかった。

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