第119話『宴の喧騒』

 族長との話し合いを終え、それぞれ用意された部屋で休息を取った。


 大樹の中ということもあり内装は風変りだ。横になった人の身体に合わせて変形する葉っぱのベッドや、机代わりになる木の壁と新鮮さがあった。

 三十分ほど休んでいるとミルルドに呼び出された。内容は俺が受けた勇者コタロウの剣による障害をすぐにでも回復させられるというものだった。


「……私たちエルフはイルブス神の魔力を微量に持ってる。……族長ならあなたが受けた傷を回復できるし、新たに耐性を付与することも可能」

『耐性って、凄いな。さすがはエルフってところか』

「……でも期待しすぎはダメ。……攻撃を受けた箇所が変身不能になるのは防げるけど、力そのものに対する防御は微量にしか上がらないから」

『十分過ぎるほどだ。早速お願いしてもいいか』


 俺は族長の元に案内され、一度球体に戻るよう言われた。族長とミルルドは俺の体表に触れて詠唱を紡ぎ、緑色に光る魔力で身体を包んだ。次第に身体の奥にあった違和感が消え、アレスの姿に変身することが可能となった。


「うん、しっくりくる。やっぱり人間の身体はいいな」


 腕を動かし、首を鳴らし、元の調子を取り戻した。力を貸してくれた族長とミルルドに感謝し、今日までずっと抱いていた悩みを口にした。


「族長さん。お願いにお願いを重ねるようで恐縮ですけど、イルンの身体の火傷と片目の具合も見てくれませんか? 本来はイルブレス王国で治療予定だったんですけど、ここの方がより良い結果を得られそうですし」

「構いませんよ。ではそちらも診ましょう」

「すいません。色々と世話になります」

「お気になさらないで下さい。あなた方がこなければ我々の行く末は暗雲の中でした。滅びにあらがう者同士、共に手を取り合っていきましょう」


 俺は族長と固い握手を交わした。

 せっかくなので同席しているミルルドに握手を求めるが、警戒されて逃げられてしまった。何故か頬が赤く、俺と目を合わさぬまま退出した。

 不思議な反応の理由を考え、すぐ原因に思い当たった。今の俺は一糸まとわぬ姿になっており、全裸で友好の握手を求めたと分かったのだ。


(…………完全に変態だったな。普段は修復魔法で直していたけど、手元に元の服の残骸がなかったから失念してた)


 キメラの肉体なので羞恥心も無く、気づくのがだいぶ遅れた。

 代わりの謝罪を族長にすると、「お若いですねぇ」と縁側のおばあちゃんみたいなことを言った。族長は魔法で部屋着っぽい衣服を作り、それを俺に手渡してくれた。そしてついでとばかりに問いを投げてきた。


「――――少し唐突ですが、お聞きします。あなたは未来の世界であの子と知り会っていますね。それも良くない方向性で」


 どうしてそう思ったのか聞くと、接する時の雰囲気で分かると言われた。 

 ミルルドと接する時の俺には微妙な距離感が、若干だが苦手意識を持っている者と相対した時特有の変化があると説明してもらった。


「隠すつもりはなかったんですが、言いづらかったんです。俺が知る彼女は故郷を滅ぼしたキメラに憎悪を持っていて、今とまるで別人でしたから」

「あの子が……そうですか。きっと苦労をお掛けしましたね」

「苦労ってほどではないです。何だかんだ上手く行って、最良とも言える結果にはたどり着けました。まぁそれも全部終わってしまったんですが」


 自虐的に言うと、廊下の方から賑やかな足音が響いてきた。

 現れたのはミルルドの手を引くアイで、部屋の前を通り過ぎていった。これから発明関係の話でも始めるらしく、グリーベルの名前も聞こえてきた。


(…………アイもミルルドも本当に楽しそうにやってるな)

 二人の和気あいあいとした姿を想像し、俺は族長の方を向いた。


「……族長、いやウルルナドさん」

「はい、何でしょうか」

「この戦いに勝って、皆で未来へ進みましょう」


 確固たる意志で宣言し、族長と勝利を誓い合った。



 …………夕方になると俺たちは大樹内にある広間へと案内された。

 宴の名の通りいくつも食材が並ぶが、そのほとんどが野菜や果物を主体としたものだった。エルフは菜食主義らしく、用意された肉は俺たち用だ。


「うん、美味い。野菜自体が美味しいからいくらでも食えるな」


 こういう場ではなるべく料理に手をつけないのがマナーというが、気にせず食べた。しばらくぶりのごちそうだし、人間の常識が適応されるかも不明だからだ。念のため周囲を見渡すが、幸いにもこちらを蔑む目は無かった。


「良い食べっぷりだ、クー。何かおすすめはあるだろうか」

「エンリーテさん。じゃあこの包み焼きはどうですか? 葉っぱの香りが肉の臭みを消してくれて、食べやすくて美味しいですよ」

「……ふむ、確かにこれは良い。森を彷徨っていた時は生の血肉を喰らっていたのでな。ようやく満足な食事にありつけた」


 木の皿に次々料理を乗せるところを見つめ、あれと驚いた。これまでエンリーテは義足側の足を引きずっていたが、今は自然な動きだった。

 話を聞くとグリーベルに修理してもらったと教えてくれた。破損ではなく術式の不具合だったため、工具を使わなくても何とかなったそうだ。


「さすがは製作者といったところだ。ようやく理想に近い速度で移動が可能になった上、この義足に備わっていた機能も知ることができた」

「どんな機能なんですか?」

「脛の部分にナイフが仕込んであるらしい。試しに使ってみたが悪くない切れ味だ。わたしの近接戦闘術に足技を組み込むのも面白そうだ」


 切り合いの最中に蹴りを混ぜ、不意を打った一撃を決める。油断した相手に致命傷を負わせることもできるし、単純に手数の向上が見込める。優秀で有用性の高い機構だと解説を受けた。


「この分ならば義手の方も……っと、それは後にしよう」


 エンリーテは口を止め、俺の肩をポンと叩いて去った。

 急にどうしたのかと思っていると、理由はすぐに分かった。広間の入口にはドレスで着飾ったイルンがおり、俺を見つけて表情をほころばせた。

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