第118話『声と声を交わして』

『マルティアは王国のどこにいるんだ?』

『王城の離れですわ。加勢の申し出はしましたが、王城内が慌ただしくなっているようで活動の許可が下りません。もう数日は待機ですわね』

『なら今は魔導具を持っていないのか?』

『いくつかは預けました。ですが本当に必要な物は隠し持っております。何者かが闇討ちにきても問題なく撃退できると断言しますわ』


 マルティアは神獣召喚も可能だと言った。大切な仲間の無事が分かって安堵の吐息が漏れた。俺はイルンとエンリーテと一緒にいることを伝えた。

 改めてエルフの国に着いたことと、グリーベルと接触して協力関係を結んだことを伝えた。聞こえてきたのは「グリーベル?」という困惑の声だった。


『まだ王国にいないと聞いてましたが、そちらにいらしたのですわね』

『ん? 元の歴史だとイルブレス王国にいないとおかしいのか』

『正確な時期は不明ですが、最低でも今年中に飛行船の造船が始まるはずです。グリーベルは勤勉に寡黙に飛行船開発を推進し、イルブレス王国発展の礎となって生涯を終え、飛行船の父の名を歴史に刻みました』

『…………勤勉に寡黙? それ本当か?』


 俺が知っているグリーベル像とは真逆だった。何か心変わりする出来事でもあったのかと聞くと、書物に残された範囲では無かったと返事がきた。

 

『若き日のグリーベルを知る者の手記に興味深い一文がありました。グリーベルの変わりようはおかしいと、魔に取りつかれたようだと記していたのです』

『……俺としても自動人形を作らないグリーベルは想像できないな』

『恐らくですが、飛行船の父であるグリーベルは洗脳されていたのでしょう。自由意志を奪われ、必要な知識だけ活用され、道化の偉人となったのです』


 それが本当ならばあまりにも悲惨な生い立ちである。思考を操られ知識を利用され、挙句の果てに夢まで奪われた。鬼畜の所業という他ない。


 俺は関連性の高そうな人型キメラの襲撃を伝えた。元の歴史ではカイメラたちによってグリーベルが捕まった可能性を提示した。怪しい点と点を繋いで浮かび上がるのはただ一人、宰相のレイス・ローレイルだけだ。


『今までは怪しい人物止まりでしたが、もう確定ですわね』

『レイス・ローレイル自身が人型キメラか、高位の序列持ちかは分からない。でもキメラの組織の中核には位置している。打倒すべき敵だ』


 マルティアはレイスの動向を探っていくと言った。定時報告の時間や今後の動きについて話し合っていると、急にマルティアが待ったを掛けた。


『――――クー、突然ですがこの会話は他者に繋ぐことも可能ですか?』


 術式を発動している族長に聞いてみると、「見知らぬ相手はできない」と言われた。その胸を伝えるとマルティアは「ならいけますわね」と意味深に言った。そして告げられた名は完全に予想外な人物だった。


『…………初めまして、ではないと伺っています。私は王国で歌姫と呼ばれているリーフェという者です。どうかよろしくお願いします、クーさん』


 俺は動揺のあまり椅子から立ち、誰に聞こえるわけでもないのに部屋の隅へ移動した。イルンは挙動不審になった俺を見てキョトンとしていた。

 リーフェは水明の迷宮での戦いについて謝罪し、俺との関係をマルティアから聞いたと語った。すべての内容を信じることはできないとのことだったが、俺たちが敵じゃないと分かってくれた。それだけでも嬉しかった。


『……ずっとこうして話をしたかった。ありがとう、リーフェ』

『私も同じ気持ちです。ちょうどマルティアさんからクーさんのお話を聞こうとして、このように直接お話ができると言われて驚きました』

『……こういうのも変だけど、元気にやってるか?』

『最近は元気にやっています。クーさんのことを知れたからでしょうか、落ち込むことが減りました。無意識に心の繋がりを感じているかもしれません』

『そっか、良かった』


 言いたいことは山ほどあったが、上手く言葉にできなかった。リーフェが記憶喪失なのもそうだが、心の準備ができていなかったのが一番の理由だ。


『…………………………』

『…………………………』


 直接顔を合わせているわけではないのに固まった。ドラマか何かで見た気まずい見合いシーンのような状況で、無言の時間が無駄に過ぎていった。


『あの』

『その』

『えっ』

『あっ』

『な、なんでしょうか?』

『いや、そっちこそ』

『…………………………』

『…………………………』


 リーフェの横でマルティアが特大のため息をした気がした。どうしていいのか分からず心の口をまごつかせていると、リーフェが別の話を切り出した。


『エルフの国のことは伺いました。私も可能な限り動くつもりでいます。特例の外出許可を第一王女から得たので、出来る限り加勢に動きます』

『……それは助かるが、大丈夫なのか?』

『立場的な意味では微妙と言う他ありません。ですが心の底から誰かのために歌いたいと思ったのは初めてです。ここはわがままを通します』


 毅然と告げるリーフェの声には、共に戦った時の力強さがあった。

 まだ元の関係性には戻れないが、再会の日はそう遠くない気がした。

 俺は思いつく限りリーフェとの記憶を聞かせてやった。エルフの国の件が片付いたらゆっくりと話をしようと約束し、今回の通話を終えることにした。


『じゃあ、またどこかで会おう』

『はい、その時を楽しみにしています』


 間を置いてから族長に感謝し、俺は自分の席に戻っていった。

 エルフの国に関する話を再開しようとすると、ミルルドが現れた。俺たちの部屋の準備が整ったそうで、族長から「一度休憩にしませんか?」と言われた。


「――――みなお疲れでしょう。ささやかではありますが歓迎の席も用意します。きたるべき決戦の日のため、ここは英気を養いましょう」

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