第117話『取り決め』

 俺にとって『神』と名のつく相手は一人しかいない。転生時にのみ声を掛け、元の世界の行く末を放置したあいつだ。まさか名を聞くとは思わなかった。


「俺たちがここに来ることを、あいつが?」

「あれは今から八年ほど前だったでしょうか。とても不可思議な魔力の揺らぎが世界各地で起き、それと同時に声が聞こえてきたのです。これからエルフの国に訪れる者、お人よしそうな人型キメラの声を聞け、と」

「…………それは馬鹿にされているのか?」


 反射でツッコミを入れてしまった。

 族長は神の失態なのに謝罪し、八年前で思いつく事象がないか尋ねてきた。浮かんだのは最初の時間遡行、幼き日のマルティアがこの世界に現れた時だ。


(でもおかしくないか? 神なら好きな時に声を掛けれそうなものだ。わざわざ時間遡行のタイミングじゃなきゃダメな理由があったのか?)


 そこのところどうなのか聞くと、目隠し状態のグリーベルが「これを外せ」と抗議した。俺たちは一度目線を交わし、無言の意思疎通で退出を決めた。


「……む? 待て、どこへ連れて行くというのだ?」

「――回答します。グリーベル様はお疲れのようですので、きちんとしたお部屋で休息を取る必要があります。暴れず従っていただけると助かります」

「エルフに神と、これ以上面白い話が――……むぐっ!?」

「――行使します。こちらはグリーベル様が睡眠時に使う薬です。服用から一分で効果が出る優れものです。安らかにお休みしていただきます」


 永遠の眠りにでも誘うように言い、口に薬を突っ込んだ。グリーベルは効能通りにうなだれて眠り、アイにお姫様抱っこされた。ミルルドとレレイドは客室の案内のために退出し、この場には俺とイルンとエンリーテが残された。


「……ボクは話について行くので精一杯なのに、凄い元気ですね」

「疲れているなら休んでもいいぞ。話の内容は後でまとめて聞かせてやるから」

「いえ、いいです。頑張って理解してみます」


 脱線した話を戻そうとすると、族長は指を虚空で振るった。すると頭上から葉っぱが舞い降り、一定の高さで螺旋を描いた。葉っぱは瞬時に形を変え、緑色のカップへと変化した。手に持った感触は陶器に似ていた。


「話が長くなりそうなのでお茶を用意しました。ここら一帯の濃密な魔力を吸った葉から作ったものなので、魔力の回復もできます」


 族長はティーポット似の道具を浮かせ、それぞれのカップにお茶を注いだ。注ぎ終わると俺たちの名が呼ばれるが、族長にはまだ名乗ってなかったはずだ。


『当たり前にこっちの名を知っているんですね』

「結界内のことはおおよそ分かります。何かがこのエルフの国に攻め込んだとしても、対応した防衛策を組むことができるというわけです」

「……なら守備も万全なんですね」

「我々エルフの実力は下位であっても王国の宮廷魔法使いをしのぎます。戦闘人員は決して多くないですが、それでも大国の軍に相当します」


 俺としてもエルフが負けるとは思えなかった。が、破滅は歴史が証明している。キメラによる大襲撃が起きることを伝えると、族長は備えを進めると言った。

 そこからも話は進み、正式に共闘が決まった。キメラたちに狙われているグリーベル以外の者は自由行動を許可され、必要な物があれば用意すると言われた。


(……こういう時って大抵、信じてもらえても「我々の力だけで大丈夫だ」とか突っぱねられるものだよな。何の軋轢もなく事が決まったな)


 肩の荷を下ろしてもいい状況だが、どうにも引っ掛かりがあった。キメラ以外にエルフの国を滅ぼす要員を見逃している、そんな懸念が消えなかった。


『エンリーテさんは何か気になったりしますか?』

「無いわけではないが、上手く言葉にできぬな。騎士団長という役職にいてなんだが、歴史の勉強は苦手だった。あれはこういう時に必要だったのだな」

『……いやまぁ、早々ない事例だとは思いますよ』


 全員でこの時代の帝国や裏組織など、思いつく限りの意見を交わした。だがこれといったものは見つからなかった。別の要因が現れたら逐次対応することに決め、防衛に関する話し合いを一旦終了した。


(満月の夜までも余裕があるし、ここでひと休憩か)


 族長が入れてくれたお茶を飲み、イルンと感想を交わした。茶菓子代わりいくつか果物が出され、一口かじりながら『神』について質問した。


『話を戻しますが、神……イルブス神というのはどんな存在なんですか? 失礼を承知で言いますが、俺はあまり良い印象がないから知りたいんです』

「イルブス神は魔法を生み出し、我々エルフを創造しました。その目的は神代において最強を誇った怪物、原初の魔物を打ち倒そうとするためでした」


 エルフを含む神の信徒たちは総力を結集して戦った。長い死闘の果てに原初の魔物は無数の肉片として世界に散らばり、数多の魔物となった。


「あの時は人間属とエルフ族の他、より多くの種族がいました。歌魔法に文字魔法と、様々な力を有する仲間たちがいました。すべて滅びましたが」


 さらりと歌魔法の話題が出てきた。聞けば太古の血は稀に先祖返りすることがあるらしく、歴史の転換期に力を覚醒させる者が現れるのだとか。


(緑の勇者がリーフェの力を知ったのは、同属の勘ってことか)


 決戦で力を消費した神は長い眠りにつき、世界の管理をエルフに任せた。諸人の繁栄を邪魔せず、両者間の争いに介入せず、ある条件下において介入を命じた。それは『原初の魔物の分身たるキメラが暗躍した時』というものだった。


「ごく稀にですが、人型キメラとなった者の中に原初の魔物の意思を宿した個体が現れます。その者は権謀術数を発揮し、世に争いをはびこらせるのです」

『………………』

「近い未来に起きる襲撃は恐らく、神の使途の生き残りである我々を直接排除しようとしたのではないかと考えております。受けて立つほかありません」


 神代から続く因縁に燃えていた。持てる力はすべて投入してくれそうだ。

 ふと思いついて遠方の仲間と会話できる方法があるか聞くと、そういう魔法があると言ってもらえた。俺はその力を借りることにし、王国にいるマルティアへエルフの国に着いたと伝えた。そしてわずかな時を待った。


『――――まったく、いきなり声を掛けるなんて無作法ですわよ。ともあれ無事に着いたようでなによりです。では互いの近況報告といきましょうか』

 聞こえてきたのはマルティアの頼もしい声だった。

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