第116話『エルフの族長』
よく見るとエルフの国は大空洞に沿う形で形成されていた。
遠方には岩の岸壁がそびえ、その至るところに木製の家がある。太陽や青空は映写魔法で天井に映し出されたもの、地上とまったく同じ景色だ。
道なりに並ぶ木々のほとんどはツリーハウスとなっていた。幹と枝の生え際に小さめな家が一軒と、いかにも童話っぽい雰囲気が魅力的だった。
(…………でもあれ、家の数の割にエルフを見かけないな)
辺りを見回すと家の窓からこっちを覗く子どもがいた。手を振ってみると向こうも振り返してくれるが、親らしきエルフが窓を閉めてしまった。
「ごめんね、よそ者を招くことなんてここ数百年無かったから警戒しているのよ。不幸なすれ違いや軋轢を避けるため、正式な対応が決まるまであなたたちは族長の家で過ごすことになっているわ。どうか受け入れてちょうだい」
レレイドが申し訳なく言うが、その程度は覚悟の上だ。仲間たちの方を向いて同意を求めると、グリーベル以外がすぐ頷いてくれた。
「本当にエルフの国があったとはな。吾輩の専門分野ではないが、これは世紀の大発見となる。この事実を公表すればあらゆる研究が注目されるはずだ」
「――非難します。まさかクー様方と敵対するつもりなのですか?」
「あーいや、違うのだ。今はものの例えというか、興奮が漏れてしまったというか、本心からの言葉ではない。ただその、ほんの少しならいいではないか」
「――提案します。今後のためにグリーベル様を捕縛しませんか?」
決断を迫られたレレイドは「え、その」と言ってしどろもどろしている。援護を求められたミルルドは目を背けた。決定権は俺にゆだねられた。
妥協案としてグリーベルは目隠した状態で連行されることになった。道が分からなければ外に出ることも容易じゃないため、余計な心配を抱く必要もない。監視役は身内のアイと、グリーベルに興味を持っているミルルドとなった。
『そういえばアイから見てこの景色はどうだ。面白いか?』
「――肯定します。中であって外を感じられる景色、不思議な植生の木々など、見るものすべてが興味深いです。クー様と知り会えたおかげです」
『今回の件が片付いたら一緒に大森林の外に行くのもいいかもな』
「――質問します。グリーベル様の書庫には海という名がありました。雄大に広く膨大に塩が取れる素晴らしき場所、というのは本当なのですか?」
本当だ、と言おうとして口をつぐんだ。よくよく思い返してみると俺は生の海というものを見たことがなかった。一応病室のテレビなどで映像を目にしたが、実際にその場所に訪れたことはない。波の音も塩の香りも知らなかった。
『あるのは間違いないけど、見たことはないな。俺も未体験だ』
「――僥倖です。クー様と海を見に行ければアイも幸いです」
『じゃあまた俺の背中に乗せてやる。今後の目的と旅行先が出来たな』
ワーウルフリザードの顔でニッと笑った。アイも微かに口角を上げてくれた。
案内を受けながら道を歩いていると、木々の先に大樹が姿を現した。
樹齢数千年はある見た目であり、葉が大空洞の三割近い面積を覆っていた。
『……遠くからだと葉っぱしか見えなかったから気づかなかったな。辺りに漂う魔力の波動も凄い、世界樹と称しても過言じゃないな』
大樹の周りは滑らかな石材で舗装されており、杖を装備したエルフがいた。説明を受けずともエルフの族長の住居だと分かり、緊張で息を呑んだ。
「レレイド様、ミルルド様、そちらの者たちは……」
「族長が言った客人よ。大丈夫そうな人たちなのは確認したから、勝手に外に出ようとしない限りは手を出さないで、我々の信用に関わるから」
「はい! 承知しました!」
レレイドに注意され、警備のエルフはきびきび持ち場に戻った。一連の流れを見つつ二人がどんな立場なのか聞いてみた。
「私とミルルドは族長の娘なのよ。エルフの国では長く生きるほど偉くて、国の方針や運営の決定権を持つわ。代替わりは五百年に一度とかになるわね」
『……凄まじい年功序列だな。じゃあレレイドたちの母親と同年代のエルフに嫉妬されるんじゃないか。だって数日違うだけで族長になれないんだろ』
「私たちは人間属と違って上昇志向をあまり持っていないのよ。色々な管理を押し付けられるからって、族長の席を嫌がるのがほとんどって感じね」
『……数百年も生きる種族ならそういう考えにもなるか。じゃあ外から厄介事を持ってきたと思われている俺たちが忌避されるのも当然だな』
現状に納得し、大樹の前に全員で移動した。ミルルドの詠唱によって足元から植物が生え、俺たちを上へ上へと押し運んでくれた。巨大な洞を通って到着したのは会議などに行えそうな広間で、奥の壁際に一人の女性が立っていた。
「――――よく来て下さいました。族長として歓迎します」
族長は自らの名を『ウルルナド』と名乗った。口元より上は半透明のベールで覆われており、顔がよく分からない。でも慈愛のある空気を纏っていた。
レレイドとミルルドは族長の横に移動し、俺たちの前に並んで立った。
礼儀を示そうと恭しく膝をついて首を垂れるが、族長は言葉で制した。
「どうかそのままにして下さい。あなた方は客人、かのお方によって導かれた御使いのようなものです。今後のためにも立場は対等としましょう」
願っても無い申し出だった。エルフの国を救うための懸念として挙げていた説得と交渉が必要なさそうだと分かって安堵した。だが今言った「かのお方」に当たる人物が思いつかず、それはいったい何者かと質問した。
「かのお方とは我々エルフを生み出した存在。長きに渡って人の世を見守り、秩序と繁栄をもたらしました。あなたもよくご存じのはずです」
まさか、と思い固まる俺を見て族長は静かに頷いた。
皆が耳を傾ける中、その名が第三者の口から語られた。
「――――名はイルブス神、この魔法世界を創世した偉大な『神』です」
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