第115話『エルフの国へ』

 ミルルドとレレイドに案内され、俺たちは森の奥へと進んでいった。あちらこちらで魔物の姿を確認するが、ただの一匹も襲い掛かってこなかった。


(……エルフにびびって近づかないってところか?)


 あれほどの力を持っているのなら不思議でもない。試しに飛行できる魔法がないのかと聞くと、「あるわよ」とレレイドが返事した。ならばそれで移動すればいいのではと思うが、飛行魔法ではエルフの国に行けないと言われた。


「――――私たちは他者とあまり干渉しない。万が一に居場所がバレないようにするため、エルフの国に入る手段は地上に限定してるわけ」


 グリーベルが張っていた認識阻害結界の強化版みたいなものが張られているそうだ。同じ種族のエルフですら効果を受ける代物とのことだった。


「確かに薄っすら魔力の流れを感じます。でも結界だと説明されてもボクはそう思えません。意識を向けても漠然と魔力の流れがあるって分かるだけです」

『俺は何も分からないな。どこを見てもいつものアルマーノ大森林だ』

「…………木々に術式を埋め込んで、それを網目状につないでいるんでしょうか。一つ一つの術式が弱くても、連動した状態で起動すればかなりの……」

『イルン?』


 よほどエルフの魔法に興味が湧いたのだろう。イルンは独り言を呟いて自分の世界に入ってしまった。そっとすることにして前を見ると、エンリーテとグリーベルの会話が耳に入った。内容はエンリーテが使っている義足に関してだった。


「あー、これは吾輩が試作品として作った義足だな。自動人形の制作実験は許可が下りなかったため、義足義手の制作と銘打って予算を捻出したのだ」

「ではこの足を直すことが可能と、そう解釈していいのだろうか」

「なんなら腕の方も用意してやっていいぞ。ただ今は部品や工具が無いから、一度屋敷に戻る必要がある。まー今回の話し合いの結果次第であろうな」

「……痛み入る。これで我が王の期待に応えることができる」


 二人は義手義足について意見を交わしていた。変形機構や多重関節など様々な案が出てくるが、比較的普通に落ち着きそうだった。エンリーテはとにかく安全性と耐久性を求めており、グリーベルは若干不満気にしていた。


 どんな仕上がりになるか気になっていると、アイとミルルドが歩いているのが目に入った。俺の二角銀狼の耳には二人の小さな声がちゃんと聞こえた。


「……どうやったら人の魂を再現できるの? ……全然分からない」

「――秘密です。と、言いたいところですがアイも詳しくは知りません。グリーベル様なら知っておりますので、事前に話を通しておきます」

「……グリーベルって、あの人だよね。……少し怖い、かな」

「――同意します。あれで素顔は悪くない方なのですが、髭ですべて台無しです。お部屋も身なりも清潔なのが一番です。後で言っておきます」

「……うん、綺麗になったら教えてね」

「――応援します。グリーベル様は自分の研究を褒められるが大好きです。上辺だけの嘘は見抜きますが、本心ならば即落ちします。ちょろいです」


 アイは破損した自動人形が詰まった布を片手で抱え、ガッツポーズした。

 人間流の同意サインと勘違いしたのか、ミルルドも応じてガッツポーズした。


 その後も二人は小難しい話を延々としていた。研究者気質なイルンもあの輪に入れそうであり、良好な関係性を築けそうだと安心した。


(…………にしても、緑の勇者がこんな見た目だとはな)


 何度見てもミルルドと緑の勇者の人物像が結びつかなかった。故郷の崩壊に隣人の死と、あらゆる要因が重なって性格が変わったゆえだろうと考えた。

 気を取り直して前に進むと、先を歩いていたレレイドが隣に並んできた。何か話があるのかと思っていると、念話魔法を使って俺だけに声を送ってきた。


『あなた、クーだっけ。ちょっといい?』

『いいぞ。何か聞きたいことがあるのか』

『私が知りたいのはあなたたちの目的よ。族長はあなたたちを受け入れる選択をしたけど、それって凄く珍しいの。ここ数百年で一度も例がないぐらい』

『教えるのはいいが、たぶん信じられないぞ』

『別にいいわよ。天変地異ぐらいなら私たちは自力で何とかできる力がある。明日自分たちの国が消えるとか言われない限り、決して驚くことはないわ』


 嫌な前振りだった。だけど俺はエルフの国の崩壊を正直に教えた。

 レレイドは「え」と言い、質の悪い冗談でも言われたように苦笑を浮かべた。だが俺が嘘を言っていないと分かったのか、真剣な顔つきで聞き返した。


『私たちの国が滅ぶって、どうやって?』

『詳しい理由は俺も分からないんだよ。人型キメラの襲撃が関わっているのは分かってるんだが、さっきの戦いを見る限りまず負けそうになかったからな』

『与太話だと思いたいけど、族長が招き入れるほどなのよね。一つだけお願いしたいんだけど、今の話はミルルドにしないで。あの子かなり怖がりだから』


 分かったと言うとレレイドは頷いた。

 それからも移動は続き、ある場所でレレイドが立ち止まった。眼前にそびえ立つのは松っぽい大きな木で、レレイドは幹に触れながら詠唱した。

 木は薄く光りながら変形し、幹の中心に人が通れる幅の穴を作った。穴は横から下へと続いており、奥には先の見えない暗闇が広がっていた。


「それじゃ、私たちは先に降りてるから」

「……この穴、すぐ閉まるから早めにね」


 レレイドが落ち、ミルルドが落ちた。引き止める間もなかった。


「えっとクー師匠、これかなり深そうですね」

『……俺はどうとでもなるけど、他は大丈夫か?』

「あー、吾輩は最後にするぞ。何事もまず安全性だ」

「――困惑です。なら何故研究室を爆破するのですか?」

「みな二の足を踏むか。ではわたしが先鋒を務めるとしよう」


 やいのやいのと言っているとエンリーテが飛び降りた。

 俺たちは一度顔を見合せ、後に続いて降りていった。


 落下直後に視界が闇に覆われ、すぐに明るくなった。眩さの正体は何かと思い顔を上げると、いつの間にか全員が地面に座り込んでいた。


 目の前に広がるのは地下の洞窟風景、ではなかった。頭上で輝くのは太陽と美しい青空で、左右の視界には無数の木々が生え並んでいる。葉っぱは薄っすら光を灯しており、心地の良い風が頬を撫でていった。


「…………ここが、エルフの国か?」

 元の歴史では失われた都、伝説のエルフの国がそこにあった。

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