第114話『レイス・ローレイル』
…………イルブレス王国の王城にて、一人の男性が悠然と歩いていた。その人物の名はレイス・ローレイル、王国の頭脳ともいうべき宰相を務める才人だ。
レイスは貴族や憲兵に声を掛け、王城内で不備が起きていないか聞いて回った。問題があれば対応策を出し、困っている者がいれば助言を掛けていった。
「――レイスさんが宰相になってから、城の空気が良くなった」
「――貴族同士の派閥争いもだいぶ落ち着いた気がする」
「――仕事全体の効率も上がったし、本当に素敵な人だよね」
誰も彼もがレイスを評価し、聖人君子な人柄と仕事ぶりを称えた。
誰も彼もがレイスを礼賛し、王国にその人在りと謳い受け入れた。
本来宰相の地位に就けるのは王族の血を引く分派の一族のみ、という事実を指摘する者はいなかった。かの者がガルナドル国出身であり、王国の民ですらないにも関わらずだ。熱に浮かされたようにレイスを称賛した。
「おや、ダッドリー卿。そんな血相を変えてどうされたのですか?」
王城の廊下を歩くレイスの前に中太りの貴族男性ダッドリーが姿を現した。ダッドリーは人差し指を突きつけ、怒りの形相でレイスを糾弾した。
「…………貴様! このわたしに、敬愛すべき国王様に何をした!!」
「はて、言っている意味が分かりません。一度落ち着いて下さい」
「今しがたすべてを思い出したのだ! 我が国の宰相は貴様などではない、元はグライゼア公爵だったはずだ! いつから、どうやって成り代わった!!」
「あぁ、そういうことでしたか。これは珍しい反応ですね」
研究対象でも見るようにレイスはダッドリーを観察した。馬鹿にされたと感じ取ったダッドリーは掴み掛かろうとするが、歩みは途中で止まった。
突如ダッドリーを抑えつけたのは、廊下に配置されていた憲兵たちだ。その目に自分の意思はなく、ただレイスを守る操り人形として動いていた。
「残念ですが、この棟にいる兵士や貴族は支配下に置いています。あなたが敬愛すると言った国王もです。すべてはこの手の平の上というわけですよ」
「……せ、洗脳魔法か? だが、それなら対抗術式が……」
「えぇ、王族や貴族は皆使用しています。そんな不確かなことはせずとも、もっと簡単に人を操る術があるのです。ダッドリー卿も体験していますよ」
「……わたしも、だと? い、いったい何を?」
怖れおののくダッドリーに微笑み掛け、レイスは指を鳴らした。するとダッドリーの肉体は大量の鮮血となって弾け、再度の指鳴らしで虚空に集った。わずかな間を置いて現れたのは裸のダッドリーで、その目は虚ろに揺れていた。
「…………眷属召喚、やはり素晴らしい能力です」
レイスはダッドリーに近づき、耳元で優しくささやいた。
「いいですか、ダッドリー卿。あなたの出番はまだ先です。余計なことは考えず、レイス・ローレイルに関わらず、悠々自適に過ごせばいいのです」
「――分かった、そうしよう」
「もしまた記憶が戻りそうになったらお教えして下さい。『説得』が済んでいない者の前で同じことを叫ばれたら困りますので、どうぞよしなに」
床に落ちた服を着るように言い、レイスはダッドリーを去らせた。そして立ち尽くす憲兵たちに「この先は誰も通すな」と言い、自分の執務室の中に入った。さらに鍵を厳重に掛けて机に腰を下ろし、通話用の魔導具に声を掛けた。
「――――カイメラ、グリーベルの捕縛は済んだのか?」
その声に普段の温厚さは無かった。感情無き殺人鬼のような冷淡さだったが、応答相手であるカイメラはごく自然な調子で言葉を返した。
『いいえ、全然ダメよ。ちょっと手に負えない状況になってきたわ』
「手に負えない、とは?」
『優秀な人型キメラと魔法使いと剣士、加えてエルフがグリーベルを守っているわ。戦うまでもなく序列四、七、九位のあたしたちだけじゃ無理ね』
「アルマーノ大森林にエルフが? それは確かか?」
『えぇ、一度匂いを嗅いで分かったんだけど、この辺りにはたくさんのエルフがいる。そいつらすべてが敵になるなら勝ち目なんて微塵もないわ』
カイメラからの報告を聞いてレイスは思案した。短く深く思考を巡らせ、ある作戦を伝えた。それはエルフの居場所に攻撃を仕掛けるというものだった。
『正気? さすがのあたしも無駄死にはごめんなんだけど』
「カイメラ以下の序列保持者と、躾が済んだ通常のキメラを大量投入する。作戦指揮はそのままカイメラに一任しよう。邪魔する者は残らず喰い殺せ」
『……ちょっとした戦争ね。戦勝時の報酬は期待するわよ』
「もちろんだ。成果を出し、生き残った者には望む者を与える。君の『キメラになる前の記憶』とて完璧に取り戻してみせよう。決行日は――――だ」
レイスは魔導具を停止させて椅子から立った。机の上に用意したロウソクの明かりにボゥと照らし出されたのは、化け物のごとく歪んだ笑みだった。
「…………エルフを殺し、グリーベルを捕らえてその頭脳を手に入れる。すべては我が手中に収まり、悲願が成就される。これは万全を期さねばな」
およそ人間とは思えぬ化け物の手を生やし、顔を覆った。指の隙間から覗く眼光には欲望と執念、あらゆる感情が渦巻き煮えたぎっていた。
――――――――――
ここまで読んでいただき誠にありがとうございます。
本来は月曜日の投稿だったのですが、明日から一週間ほど忙しくなるため予定を繰り上げました。すでに七割方書き終わっている次話を30日の火曜日に投稿し、2月5日(月曜日)からいつも通りのサイクルに戻ります。
皆さまの協力もありましてただいま異世界カテゴリーの週間927位に加えて星200間近、PVも20000にあと少しで届きそうです。今後とも誠心誠意頑張っていきますので、ぜひ楽しんでいただければ幸いです。
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