第113話『森の管理者』
ミルルドは手の平を横にして重ね、隙間に緑色の魔力を煌めかせた。詠唱を発すると植物はさらなる成長を遂げ、広場を半々に区切る壁となった。
好戦的なシメールがツタや葉に攻撃を加えるが、植物の壁は即時再生した。さらにシメールの身体へ絡みついていき、数秒で身動きを封じてみせた。
「――――あぁもう、本当に世話が焼ける子ね!」
カイメラは爪を振るい、大量のツタを一撃で刈り取った。
シメールは虫形態を解除し、人型になって一時後退した。
「くそがっ! あのガキ、妙な魔法を使いやがって!」
激高するシメールの風貌はいかにもチンピラぽかった。
髪の毛にはウェーブが掛かっており、前髪の一部が濃い緑色になっている。常に殺気立ってそうな顔つきで、声には怒気がこもっている。ガッチリした細マッチョ体型をしており、身長は百八十センチ以上あった。
「カイメラ! このままじゃ収まりがつかねぇ、もう一回行くぞ!!」
「行かないわよお馬鹿さん。今回はここまでよ」
「あぁ!? せっかく捕まえた獲物を逃がすってのかよ!!」
「伏兵があの剣士と女の子だけとは限らないわ。今無理して戦って勝てる見込みはゼロよ。ここは一度退いて、上からの指示を仰ぎましょう」
シメールは忠告を無視して前に出ようとした。カイメラは呆れ混じりのため息をつき、シメールのみぞおちを容赦なくぶん殴った。そして気絶したシメールの身体を肩に抱え、この場から撤退……する前に俺を見つめた。
「今回で二敗目ってところかしら。でも、最終的にはあたしたちが勝つわ」
『やっぱり諦めてはくれないんだな』
「無理ね。ここにいる皆の匂いは覚えたから、地の果てに逃げたって見つけられるわ。次に会う機会を楽しみにしておくことね」
カイメラは渾身のひっかきで大地を裂き、発生した土煙に紛れた。
ミルルドが植物伸ばして攻撃するが、そこにはもう誰もいなかった。
『……エンリーテさん、すいません。また助けられました』
「気にすることはない。むしろ重大な場面にいられなくてすまなかった」
『一応お聞きするんですけど、彼女は?』
「見ての通りエルフだ。森を彷徨っている時に声を掛けられ、事情を出来る限り話して共闘を依頼した。名はミルルドと言うそうだ」
やはり彼女は緑の勇者ミルルドだった。三百年前という時間差のせいか、記憶より身長が十センチほど低くなっている。顔立ちに神経質さはなく、優しく物静かな雰囲気がある。俺が知る彼女とはほぼ別人だった。
どこから話をしたものかと思っていると、近くに誰かが降り立った。その人物もエルフで、ミルルドによく似た顔をしていた。
「よくやったわね、ミルルド。さすがは私の妹だわ」
「……ん、レレイドお姉ちゃんが見守ってくれたからできた」
レレイドはミルルドの姉らしく明るい性格だった。身長は百六十センチほどで、スラリとしたモデル体型である。緑色の長髪が左右で結ばれていた。
一通り会話が落ち着くとレレイドは「そっちのリーダーは誰?」と言った。イルンとエンリーテが俺を見ると、姉妹揃って困惑の表情を浮かべた。
「本当にそこのキメラがリーダーなの? 噓でしょ?」
『まぁ一応そういうことになってるな』
「……冗談じゃないの? ……ほんとに信じていいの?」
『純粋な顔で失礼なことを言う姉妹だな……』
物言いこそあれだが、俺を本気で差別しているわけではなかった。ひとまずは助けてくれた礼を述べ、ここに来た本題に入ると決めた。
『…………それで急なお願いなんだが、エルフの国に俺たちを連れていってくれないか? 国王か族長か、そういう人に伝えたい話があるんだ』
レレイドとミルルドは顔を見合せ、一緒に俺を見つめた。断られそうな流れかと思って身構えるが、意外にも「いいわ」と返事がきた。
「今回助けたことにも繋がるんだけど、族長があなた達を待っているの。エルフの国の今後に関わる重要な情報を持ってくるはず……ってね」
『……? どうして会ったこともないのに分かるんだ?』
「さぁね、私も詳しいことは知らないわ。ともあれ族長の決定は最優先、姉妹でどうこう言えるものじゃないの。だから案内してあげるわ」
理由を知りたいならついて行くしかないようだ。
案内に従って歩き出そうとすると、ミルルドが急に立ち止まった。視線の先にいるのは破損した自動人形の部品を回収しているグリーベルとアイで、どちらにも興味深そうな目を向けている。しばらくするとアイが気づいて首を傾げた。
「――質問します。何故あなた様はこちらを凝視するのですか?」
急に話しかけられてミルルドは目を白黒させた。どこかに隠れようとするが、辺りにそれらしい物影はない。あたふたしているうちにアイが近づいた。
「……あ、いや、その。……ただ、変わってるなって」
「――質問します。変わっているとはどういうことでしょうか?」
「……しいて言うなら、全部。あなたみたいなのは初めて見た。本当に凄い」
「――肯定します。アイは最新鋭の自動人形、グリーベル様の最高傑作です」
アイが自信満々に言い、ミルルドが感心した。戦闘で使用していた携行式の大砲も含め、ミルルドは発明品にご執心だった。グリーベルは二人が仲良く会話しているのを眺め、嬉しそうな顔でうんうん頷いていた。
「ふーむ、次は長耳もいいかもしれんな。作成を中断していたアレに着けてみるか? いやしかしアレは同調率の問題が……ううむ」
アイの妹はエルフ耳になりそうである。あまりエルフたちに不信感を抱かれないデザインに留めてくれ、と心で祈りながら声を掛けた。
『それで、グリーベルもエルフの国に行くんだよな?』
「おー当然だ。身の安全を確保する意味もあるし、何よりエルフには興味がある。この接触を経て、さらなる発明と発展に期待が掛かるというものだ」
『……頼むから問題行動は起こしてくれるなよ』
一抹の不安を感じつつ、俺たちは広場から出て行った。
満月の夜までは残すところ数日、ここからが正念場だ。
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