第112話『劣勢、そして』
戦闘力はほぼ奪ったがカイメラは笑っていた。何故と問う間もなく後方で衝撃音が鳴り響き、俺の横に一体の自動人形が壊れ落ちてきた。
気づけばイルンたちはシメールに押し込まれていた。駆けつける間もなくまた一体の自動人形がやられ、残りはアイ含めて二体となった。
「ははははは!! 早く逃げねぇと全員殺しちまうぜぇ!!」
シメールは危機のカイメラを無視し、ひたすら暴威を振るう。イルンは氷の盾で攻撃を防ぎ水レーザーを放つが、シメールは損傷をいとわず襲い掛かった。
「そんなんでオレを殺せると思ってんのかよ!! この青髪娘がぁ!!」
「ここはボクが守ります! アイさんたちは体勢を立て直して下さい!」
「――了解です。ただちに――……」
「遅せぇ!! 先に潰すのは、そっちの臆病者だ!!」
叫びを上げ、シメールはサソリ魔物の腕を伸ばした。狙いは自動人形のヤヤだったが、捕まる寸前でアイが背中を突き飛ばした。結果胴体をハサミで挟み捕まれ、ギリギリと万力のような力で潰し挟まれた。
「カイメラァ!! こっちはもう少しで終わりだぜぇ!!」
「――退避、できません。このままでは、ぐっ……」
あと少しで胴体が切断される。そんなタイミングでシメールがこっちを見た。期せずしてカイメラを人質に取った俺と、アイを人質に取ったシメールの構図となった。戦闘は一時中断され、広場には緊張の空気が流れた。
「クーくん。あたしを殺してあの子たちの死を受け入れるか、あたしを生かしてあの子たちを生き残らせるか、好きな方を選びなさい」
『……カイメラを生かせばシメールは止まるのか?』
「約束するわ。言ってなかったけどあの子はあたしが勧誘した仲間なの。上の命令よりあたしの言うことに従う、それは保証するわ」
『………………くそっ』
カイメラを解放するべきではないが、他に手が無かった。悔しさに耐えて決断しようとした時、森の奥から大きな影がヌッと姿を現した。
そいつは全長五メートル大の魔物で、海にいるタコみたいな外見だ。体表全体が粘性の体液で覆われ、吸盤付きの太い触手が複数生えている。節々には魚の鱗があり、頭はクラゲのような半透明の膜で覆われている。
カイメラが『獣』でシメールが『虫』なら、新手は『魚介』のキメラだ。魚介のキメラは地を這って動き、広場の中心付近で立ち止まった。そして頭の側面にある目を気味悪く動かし、全身をくねらせながらこう言った。
「カイ、メラ。捕まえ、るの。こいつで、合ってる、る?」
その声は少年のものでボソボソとした喋り口だった。よく見ると傘状に広がった触手の奥には少年の肉体があり、口元と上半身が見えた。
魚介のキメラは己の肉の傘をまさぐり、中からあるものを取り出した。それは避難を進めていたグリーベルで、意識を失い捕まっていた。
「あら、頑張ったわね。さすがよ、ベリウス」
「えへへへ、カイメ、ラに褒めてもらえ、た」
「殺さないで持ってきなさい。力加減には気をつけてね」
「う、ん、分かった。ちゃんと、ちゃんとやる」
褒められて『ベリウス』は上機嫌になった。目が悪いのか周囲を入念に見渡し、匂いか何かを辿って俺とカイメラの前に来た。
「……あれ、あれれ、れれ、あれれれれれれ?? カイメラ???」
ベリウスは四肢を失ったカイメラに気づき、豹変した。錯乱した様子で触手を四本持ち上げ、俺を叩き潰そうとしてきた。回避しつつカイメラの胸元に水分子カッターの刃先を近づけるが、お構い無しで暴れ回った。
「よ、よくもよくもよくも!! カイメラを、よくもぉぉぉぉ!!!」
向かってきた触手一本を水分子カッターで切り落とすが、魚介の見た目通り水魔法に対する耐性が高かった。切断には数秒の時間を要した。
俺は両肩に配置した黒鱗のワイバーンの頭から業火を噴射し、ベリウスの肉体を炙った。全身が炎で包まれるが、それでも向かってきた。
「ここ、ここここ、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!!!! 殺してやる!!!!!」
雷鳴鰻を使って電撃を放つと、ベリウスの動きが一時的に止まった。以前イルンが言っていた『水の魔力は電気の魔力を通しやすい』という話通り、水の魔力を主体として戦うベリウスにも電撃が有効と分かった。
この隙に体勢を立て直そうとするが、足元のカイメラが消えた。いつの間にか触手に捕まっていたグリーベルを抱え、シメールの傍に移動していた。
「――――クーくん! シメールにベリウスも、そこまでよ!」
カイメラの声にベリウスが気づき、一瞬で正気を取り戻した。
劣勢に奥歯を噛みしめると、森の奥から突風が吹きつけてきた。
風の勢いに目を覆った瞬間、黒い影が駆け込んできた。現れたのは行方知れずだったエンリーテで、息をつく間もなくシメールのサソリ腕を断った。ハサミに捕まっていたアイは解放され、俺の近くに転がり落ちた。
「すまない、色々と手間取ってしまった。だがもう大丈夫だ」
エンリーテは頼りがいのある言葉を掛けてくれた。グリーベルが捕まっていることを伝えると、冷静に「そちらは彼女らに任せよう」と言った。
次いで聞こえたのは魔法らしき詠唱だった。神から贈られた翻訳能力でも判別不能な言語であり、リーフェが使う歌魔法に似ていると感じた。
詠唱が紡がれるほどに草木が光り輝き、急速に成長した。伸びた茎やツタはカイメラたちに向かっていき、腕や足に絡まっていった。乱戦の最中にグリーベルが解放され、無数のツタに運ばれて俺たちの元に移動してきた。
『……エンリーテさん、これは?』
「良い出会いがあったのでな。ここは無理を言って助力を頼んだ」
『……良い出会いって、もしかして』
そう聞き返すと同時、近くに一人の少女が降り立った。
翡翠のように綺麗な緑色の髪に眼、長く尖った耳に細い身体つき、俺が想像するエルフの特徴そのものの外見だった。どことなく見覚えのある後姿だと思っていると、少女はさらに聞き覚えのある声で宣言した。
「…………下がりなさい、キメラ。……ここは我々の領域です」
君臨したのは幼き日の緑の勇者、ミルルドその人だった。
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