第111話『接戦』

 俺は巨大化させた宝石巨人の拳を打ち出した。カイメラは疾走の速度を上げて真っ向から打ち合った。拳と拳の衝突により大地が爆ぜ割れた。


 互いの攻撃力は拮抗しており、一歩も退かず拳で押し合う。俺は空いている片手に宝石の爪を生やして伸ばし、横っ腹を狙って薙ぎ払った。カイメラは足蹴一つで斬撃を受け止め、そのまま軽やかな跳躍で距離を取った。


「やるじゃない。さすがはあたしが見込んだ男ね」

『そりゃどうも、気に入ってくれて何よりだ』

 

 気安くも譲らず、俺たちは決死の覚悟でぶつかり合った。


カイメラ(強化獣人形態)

攻撃A+ 魔攻撃C+

防御B+ 魔防御C+

敏捷S  魔力量B+


クー(ワーウルフリザード・ジュエルフォルム)

攻撃A+ 魔攻撃A+

防御S  魔防御S

敏捷C+ 魔力量A


 これまでの戦いでも重々承知していたが、カイメラはとにかく速かった。身体から生やした宝石の棘による無数の刺突も、近接戦の最中に放つカウンターの雷撃も、すべてギリギリのところで避け切ってみせる。


 圧倒的な防御力があるので戦況は拮抗しているが、諸々の技量は比べるまでもない。現時点でみぞおちに一発、脇腹に二発、首元にかすり傷を受けている。

 大振りの攻撃が命中する可能性はなかったが、悲観はなかった。俺たちは数多の手数を持つキメラ、一つがダメなら三つ四つとあらゆる策を見出せばいい。


「――――ギウ、ガァ!!」


 俺は両の拳を地面に叩きつけ、宝石の破片を大量にばら撒いた。カイメラは最小限の動作で破片を叩き落とすが、確実に動きが止まった。間を置かず両肩の部位を黒鱗のワイバーンに変え、容赦なく業火を噴射した。


「あら驚き、その魔物を倒してたのね」


 両側から壁のように迫る業火に対し、カイメラは両腕の変身で応えた。それぞれの手にヒグマらしき魔物の頭を生やし、口で業火を吸い込んでいった。


「っ!?」


 予想外過ぎる対処方法に絶句してしまった。稼いだ時間でキメラギドラになるつもりだったが、そんな暇はなかった。カイメラは吸い込んだ業火をそのままの威力で撃ち出し、チロッと舌なめずりして跳び蹴りしてきた。


 俺たちは激しく打ち合っては身を離し、より勢いを増してぶつかり合った。

 カイメラの蹴りが俺の顎に当たり、俺の拳がカイメラの頬を切り裂いた。


「……うーん、困ったわね。このままじゃ決め手に欠けるわ」


 ならば本気の変身、とはいかなかった。余力を残しておきたい理由があるのか、それとも別の理由か、カイメラは形態を大きく変えなかった。


『何を考えている。様子見にしても嫌に慎重だな』

「そう? ただの気のせいじゃない?」

『この場で時間稼ぎをする理由は、もしや人型キメラの増援か?』

「ふふふ、どうかしら」


 わざとらしく言い、カイメラは戦闘の余波で散らばった岩を蹴り飛ばした。俺が宝石の棘を生やすと右に左に回避運動を取り、急に上空に向かって跳んだ。

 空中ならばと黒鱗のワイバーンの頭部を構えるが、カイメラはムササビがごとき飛膜を生やして広げた。そして狙い撃つ暇もなく俺の背後に回り込んだ。


「――――素敵な防御力だけど、これはどうかしら?」


 カイメラは指を一点に集め、渾身の貫手をした。宝石の外殻は一部砕け、肉体が軽くえぐれた。新たに棘を生やして追い払おうとするが、カイメラの方が早かった。ささやくような声で「眷属召喚」と言ったのだ。


 俺の背中は内側から盛り上がり、貫手を受けた箇所が弾けた。中から出現したのは全長三メートル近くある大ジカで、鋭い角を突き出してきた。

 即座に業火を撃って大ジカを焼くが、その隙をついてカイメラが再接近した。修復中の宝石の外殻を狙って殴り掛かり、俺を地面に押し転がした。


「そう簡単に再生させないわよ。ようやく殻が剥けたんだから」

『くそっ!』

「余裕の無い良い顔になったじゃない。このまま勝負を決めるわ!!」


 急所が出来たことにより戦闘のリズムが崩れる。カイメラは回復の機会を的確に潰し、徐々に徐々にと俺を追い詰めていく。獣さながらな容赦のなさに舌を巻き、再び背後を取られたタイミングで叫びを上げた。


『――――ここだ! 眷属召喚!!』


 溢れる血を十全に使い、刃兜虫を二体召喚した。俺が眷属召喚を習得しているとは思っていなかったのか、カイメラは鋭利な角による一撃を受けた。


「ふふ、ふふふふふ、本当に素敵よ。ますます欲しくなっちゃう」

『……脇腹えぐれてんぞ。ここで仕切り直ししたらどうだ?』

「するわけないじゃない。こんな楽しいことなかなかないわ」


 今すぐに敗北することはないが、このままだと削り切られて終わる。

 イルンたちの戦況も芳しくなく、逆転の一手を繰り出す必要があった。


(…………実戦はまだだから温存してたが、いけるか?)


 俺には青の勇者が託してくれた攻撃魔法がある。アレスの身体じゃないので魔力を大量に消費するが、さすがに一回ぐらいなら発動可能だ。


 カイメラは猫らしい柔らかな動作で身構え、飛び掛かる機会を伺っている。捨て身で挑まなければ勝てぬため、俺は魔力を練り始めた。頭の中で術式が組み上がっていき、青の魔力が腕に集って光り輝き出した。


「またあの水魔法? でもあたしには効かないわよ!」


 撃つなら撃てと、カイメラは両腕を水生哺乳類に変えた。明らかに水魔法耐性があると分かるが、ここは行くと決めた。術式完成と同時に水音が鳴り、腕を振り抜くと同時にシュインという切断音が響き渡った。そして、


「――――にゃ?」


 カイメラの両腕は真っ二つに避け、胸元に切り傷が入った。俺の腕に出現したのは青く光る縦長の輪、水レーザーが円状の軌道で超高速回転していた。

 ウォーターカッタ―とチェーンソーの合わせ技のような魔法で、自由に刃を伸ばすことができた。ひと振りでカイメラの片足を切断し、動きを封じた。


(……これが青の勇者の、最上の魔法使いが作り上げた近接武器か)

 その名は水分子カッター、逆境を切り開く新たなつるぎだ。

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