第110話『人型キメラの襲撃』
翌日の早朝、俺とイルンはアイに呼ばれて目を覚ました。開口一番に告げられたのは人型キメラによる襲撃、避難までの時間稼ぎをして欲しいと頼まれた。
『分かった。カイメラたちはもう近くにいるのか?』
「――肯定します。監視の話ではアルマーノ大森林の北西より接近中とのこと、およそ十分でアイとあなた様が会った広場に到達します」
『一応聞くが、エンリーテは見つかっていないんだな』
「――肯定します。昨夜の捜索では見つかりませんでした。ただし剣か何かで切断された魔物の死体が付近にあったことは確認済みです」
近場にいるなら戦闘の音を察知して駆けつけてくれるかもしれない。一夜休んだことで大部分の魔力が回復したため、派手な攻撃も可能になった。
『イルンはどうだ? 行けそうか?』
「しっかり休めたので大丈夫です。できる限り頑張ってみせます」
『無理だけはするなよ。それじゃあ行くぞ』
俺たちは屋敷の外へ行き、地上を目指して移動した。
陽光差し込む広場には戦闘用の自動人形五体が並び立ち、手に携行式の大砲や長槍を持って敵の来訪を待ち構えていた。グリーベルは屋敷で避難の準備を整えているため、この場にいるメンバーがこちら側の全戦力だ。
(…………そろそろ時間か)
周囲を警戒し、一分ほどの時が経過した。耳に届いたのはブゥンという虫の羽音で、徐々に空気の振動が大きくなった。頭上から差し込む光が一瞬遮られ、大樹の葉っぱで作られた天井を破って一体の魔物が落ちてきた。
「――――おっ、本当に人形共がいるじゃねぇか。何度も逃がしちまったが追いかけっこは今日で終わりだ。今度こそあのクソ野郎を捕まえてやる」
そう口にしたのは見慣れぬ相手、『序列七位の人型キメラ』だ。
肉体はすべて『虫』で構成されており、重厚感ある大柄な見た目となっている。ベースは巨大なヘラクレスオオカブト似の魔物で、前足は黒いサソリのハサミで尻尾は深紅のハチで口はトンボの太顎だ。攻撃力と耐久力が高そうだった。
着地と同時に虫型キメラの背から跳んだのはカイメラだ。ワーウルフリザード形態になった俺を見て明るく挨拶し、一度虫型キメラへと振り返った。
「何度も言ったけど、あたしが指示するまで暴れちゃダメよ。シメールちゃん」
「あぁ、もう耳にタコができそうなほど聞かされたからな。それより最初に教えろ、お前が言ってた将来有望な人型キメラってのはアイツか?」
シメールと呼ばれたキメラが前足で俺を差し、カイメラが肯定した。
「そ、あそこにいるクーくんね。たぶんシメールちゃんより強いわよ」
「はっ、そんな強そうには見えねぇけどな」
「キメラを見た目で判断するのは三流よ。いつも言ってるでしょ」
「分かった分かった。ただまぁ、そこまで贔屓されてると気になるぜ。オレたちの仲間になる資格があるか、オレ自身の手で見極めてやる」
威圧的な声で言い、俺たちに向かって歩き出した。アイを含めた自動人形たちが一斉に攻撃体勢に入るが、先にカイメラが動いた。シメールの懐に入って身体を軽々と持ち上げ、俺がいる場所とは反対方向にポイと放り投げたのだ。
「がっ!? てめぇ、何しやがる!!」
「聞き分けが悪い子は嫌いよ。シメールちゃんはあっち」
「…………あっちって、また人形じゃねぇか」
「一応言っておくけど、ただのお人形遊びじゃないわよ。あそこにいる魔法使いの女の子、見た目に似合わず強いわ。舐めて掛かると痛い目を見るわよ」
シメールはイルンを上から下へと見つめ、「へぇ」と言った。
イルンは臆さず向き合い、いつでも戦えるように身構えた。
「てめぇみてぇな魔法使いは何人も始末した。逃げ帰るなら今のうちだぜ」
「クー師匠がいる場所がボクの居場所です。絶対にここは譲りません」
「ガキの癖に良い目するじゃねぇか。はっ、じゃあ特別に遊んでやる」
互いに構えを取り、睨み合った、一触即発の空気だった。
俺はカイメラと相対し、戦闘開始前に一度だけ話をした。「この場から退いてくれないか」という最後通告だったが、カイメラはすぐに断った。
「昨日も言ったでしょ。あたしには果たすべき目的があるの」
『俺もここは退けない。戦うしかないって言うなら、本気でカイメラを倒す』
「あら、ずいぶんと顔つきが変わったわね。昨日とは別人みたい」
『こっちにも目的があるんだ。だからもう覚悟は決めてきた』
もう説得はしない。この世界の未来を守るため、命を賭して戦う時だ。
俺は瞬時に変身し、ワーウルフリザードの肉体に宝石の外殻を纏った。カイメラも応じて変身し、人型を保ったまま身体の三分の二を獣に変えた。
シメールは透明な羽を高速で振動させ、地表から浮いて滞空する。イルンは氷の盾を展開し、自動人形たちは武器を構え直して適切な距離を取った。
対戦カードは俺対カイメラ、イルンとアイと自動人形たち対シメールとなる。戦力差が拮抗しているかは分からないが、どんな条件でもここは退けない。
「じゃあ始めましょうか、クーくん」
「あぁ、こっちの準備はもう済んだ」
開戦の合図は俺かカイメラの攻撃だ。どちらから仕掛けるかどこを狙うべきか、微かな時間で無数の思考を張り巡らせる。緊張で喉奥がひりついた。
そんな中、一本の太い枝が落ちてきた。シメールが降りてくる際に折れたものらしく、地面に当たる際に重低音を響かせた。それが決め手となった。
「――――行くぞ、カイメラ!!」
俺が踏み込み、カイメラが動き、死闘の防衛戦が始まった。
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