第121話『決戦に向けた準備』

 …………夜が明け、決戦に向けた準備が始まった。

 最初に行われたのは結界の強化だ。エルフの国の位置をより特定困難にするため、認識を阻害する術式の改善が行われた。これには敵の援軍の到着を遅らせ、連携を阻止する効果があるとのことだった。


 結界の比重は地表から高いほど大きくなるため、飛行する魔物は空からの攻撃がしづらくなる。地上は魔法による戦闘が得意なエルフの独壇場だ。

 雑多なキメラはエルフの兵に任せ、俺たちは序列持ちのキメラと戦う。東西南北に防衛線を張り、攻め込んできた相手を逐次各個撃破する算段だ。


(俺はエルフの国の南にある森を担当して、北の岩地はエンリーテが担当する。イルンとアイには西を任せ、ミルルドとレレイドに東の渓谷を任せる)


 戦力の比重的に西が手薄だが、それには理由がある。西の大地には魔除けの魔石が大量にあり、大軍で攻めることが実質不可能となっている。心配が無いわけではなかったが、イルンから「任せて下さい」と言われた。


「ミルルドさんとレレイドさんが修行に付き合ってもらっています。決戦の日までにはもっと強くなって皆の役に立ってみせます」

「分かった。でもあまり無理はするなよ」

「はい、……とは言えないです。この戦いを勝ち抜くために、多少の無理はさせて欲しいです。足手まといになりたくないですから」


 イルンの意志は固く、一切の口出しをしないと決めた。

 よほど過酷な修行なのか、昼間に会う機会がどっと減った。


「……思ったよりも時間が余ったな」


 防衛に関する会議をエルフの兵たちと行い、一時の休息を得た。

 俺は大樹の外にあるベランダ型の洞に移動し、外の空気を吸い込んだ。


(……直接カイメラと決着をつけたいが、そこは当日の運次第か)


 誰と誰が戦う、という取り決めはしていない。キメラ相手に相性を計るなど愚の骨頂であり、これまで培ってきた経験と技術で適宜対応する必要があるからだ。

 リーフェとマルティアがいればかなり余裕ができるが、想定外の事態が起きないとも限らない。今ここにいる戦力だけで戦い抜く心構えを持つべきだった。


「一度目の合流予定は満月の夜の五日前か」


 待ち望んだ日を呟き、大樹の中に戻った。

 上階から下階へ向かっていると、途中の部屋から賑やかな声がした。中にいたのは金属部品の中心に立つグリーベルと、横で目を輝かせるミルルドだった。


「どうだ、助手よ。この義手は屋敷の中で保管していた傑作だ。手首に噴射機構を内蔵しており、不意を狙った一撃が繰り出せる。なかなかの品だぞ」

「……確かに素晴らしい。……でも回避された時は?」

「もちろん走って取りに行くしかない。なーに、エンリーテとやらの機動力があれば問題にもならないだろう。むしろもっと威力を追求するべきだ」

「……ならこの術式はどう? ……こっちもどうかな?」


 いつから助手になったのか、服装もグリーベルと同じ白衣になっていた。意見を交わし合う姿が様になっており、物珍しさから交流模様を眺めた。するとグリーベルが俺に気がついた。


「おー、ちょうどいいところにいたな。せっかくだからキメラ形態でも使える武器を作ってやろうか。見返りは吾輩の自由行動許可で構わんぞ」

「いや、遠慮しておく。手数は十分にあるからな」

「それは残念だ。ここには素晴らしき素材が多々あり、あらゆる発明と研究が行える。アレやコレと新しい物を作りたくてたまらんのだ!」


 グリーベルは拳を握りしめて言い、ミルルドがパチパチと手を叩いた。色々と面白そうな話を聞けそうではあったが、ここは二人に任せて退出した。


「……博士、そういえばアレの完成はどうなったの?」

「あれか、確かにエルフの国の魔法技術なら完成可能だ。満月の夜とやらに間に合わせることも可能かもしれん。どーにか移送を頼めんか」

「……ん、任せて。完璧な状態で保管する」


 意味深な企みが聞こえるが、ミルルドがいる以上エルフの国にとっての不利益はないはずだ。俺は内容を深く追求せず大樹の外に出た。

 大樹前の大通りにはエルフが複数人おり、皆決戦に向けた準備を始めている。その様相を眺めて歩き、喧騒に混じる声に耳を傾けた。


「――ううむ、戦になるのは四百年ぶりであるか。腕がなりますな」

「――その時に生きている世代は少ない。敵の分析が重要だ」

「――国の中に攻め込まれた場合の避難経路は……」

「――そっちよりこっちの道がいいだろう。後は区画ごとの移動順だ」


 一通りエルフの国を見て回り、おおよその道順と地形を覚えていった。道中で出くわしたのは少年少女のエルフたちだが、何故か俺に駆け寄ってきた。


「おにいちゃん! どうぞ!」

「がんばってね! これがんばってつくったから!」

「おはなのかんむりつくったの! あげる!」


 いきなりのことに面喰っていると、奥からレレイドが歩いてきた。

 聞けばこの子たちは若いエルフで、年は二十歳より下とのことだ。エルフの国に加勢する俺たちのため、贈り物を作ってくれたそうだ。


「十数歳でこんな感じか。長寿なだけあって成長は遅いんだな」

「成人は五十歳よ。人間は十五歳で成人でしょ、ずいぶん早いわね」

「ちなみにだがレレイドは何歳なんだ?」

「私は百六じゅ……って、女性に年齢を聞くのはマナー違反でしょ」


 キメラだから分からないと言った。頭を軽く叩かれてしまった。


「エルフって滅多に子どもを作らないんだけど、ここ数年は例にないほど増えているわ。この子たちは未来を担う新たな世代ってわけ」

「なるほど、俺に対する忌避感がないのはそれか」

「あなた達のことを話題に出したら、お礼をしなきゃって話になったのよ。大人たちは最初微妙な顔をしたけど、今はほとんどが納得してるわ」


 そんな話をしていると、内気そうな子が近寄ってきた。


「あのね、そのね。みんなを、おかあさんとおとうさんをまもってね」

「あぁ、もちろんだ。絶対に守ってみせる」


 自信を持って言うと内気そうな子は表情を明るくした。子どもたちはレレイドの先導に従って去っていき、曲がり角で姿が見えなくなった。


「……リーフェがいた孤児院の子どもたちを思い出すな」


 元の歴史であの子たちは救えなかった。その罪滅ぼしというわけではないが、エルフの国にいる人々は命の限り救おうと決めた。




 …………そうして穏やかな時は一日二日と過ぎていった。満月の夜まで残すところ六日となり、平穏な日常は終わった。キメラの襲撃が始まったのだ。

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