第108話『キメラの謎』

 白いキメラの名をここで聞くとは思わなかった。その姿をひと目見たというだけでも驚きなのに、グリーベルは一緒に過ごした期間があるという。


『頼む、そいつの話を聞かせてくれ』


 グリーベルは火の点いていない葉巻を口に咥え、遠い記憶を探るように天井を見つめた。紡がれたのは『十年前』という日付と、とある領地に建てられた『アーランド魔導研究所』という施設の名だった。


「……当時魔法の才能を見込まれた吾輩は、その研究所に勤めることになった。そこで出会ったのは同じく優秀な研究者、レイスとクラインだ」


 当時のグリーベルは二十歳で、研究所内のトップを目指し競い合っていた。レイスというのは黒幕の可能性が高いレイス・ローレイルその人で、クラインという人物の本名はクライン・レトラティアだと教えられた。


 グリーベルとレイスは強い対抗意識を持ち、クラインは二人の仲介役をしていた。ひりつきながらも充実した滑り出しだったとグリーベルは語った。


(…………でもあれ、少しおかしくないか?)


 引っかかったのは『レイスが研究者』という部分だ。マルティアの話では今現在のレイスは宰相を務めているはずだが、そういった役職につくにはそれなりの家格が必須だ。いくら何でも異常過ぎる出世である。


『レイス・ローレイルはその、どんな奴だったんだ?』

「表面上は人当たりの良い性格だが、腹の奥底はどす黒く濁っている。発明した魔法はどれも人を殺す能力に特化したものばかりで、他にも魔物と魔物を融合させる研究を行っていた。吾輩以上の困り者であろうな」

『……魔物と魔物の融合?』

「あいつが言うには『すべての魔物には共通する魔力波長や細胞』があるらしい。『元々魔物は一つの生き物だった』というのが自論で、原初の魔物ともいうべき存在をこの時代に生み出そうと躍起になっていた」


 研究所の人間からは不気味がられたが、軍務の者に高く評価された。相応のコネを持っていたらしいが、せいぜい『顔が利く』程度のものだった。

 思考整理ついでに名が出たクラインのこと聞くと、グリーベルは少しだけ表情を和らげた。そして親しい友人を紹介するように話を続けてくれた。


「クラインは人を生かす魔法の研究をしていた。幼い時に母を病で亡くし、医療や食料事情の改善に励んでいた。まー馬鹿ほど真面目な馬鹿だった」


 一度熱が入ると周りが見えなくなり、よく壁や扉にぶつかっていた。さほど他人に興味が無いグリーベルだったが、クラインのことは高く評価していた。何度か互いの研究成果を誇っているうちに仲良くなったそうだ。 


「それからも月日は流れ、吾輩とレイスとクラインは様々な功績を立てた。それぞれ班を持つことになり、研究に対する熱をより高めていった」


 グリーベルは魔法による物質創造に注力し、レイスは実戦的な攻撃魔法と原初の魔物の復活を追求し、クラインは人助けを主とした研究を行った。

 時はあっという間に流れていき、ある出来事が起きた。グリーベルとクラインの班が共同で行った遺跡の探査にて、とある魔物が発見されたのだ。


「…………数千年前の地層を調査していた時、土の中から白い体色のキメラが見つかった。化石としてではなく、生きた魔物としてだ」


 キメラという魔物そのものが危険であるため、グリーベルを含めた調査班全員が恐れおののいた。だが白いキメラは何もせず、球体の身体を一回転させて眠った。研究所に連れ帰った後も暴れず大人しくしていたとか何とか。


『白いキメラが大人しかったって、それ本当か?』

「吾輩が見た限りではそうだった。ごく一部の者はこっそり檻から出して遊んでいたこともあった。同じ檻に動物を入れたこともあったが口にしなかった」

『……グリーベルを疑うわけじゃないが、信じがたいな』

「常識外れゆえ、それも仕方ない。経過観察を続けるうちに白いキメラは能力を取り戻し、唐突に人型となった。透き通った髪を持つ童女となったのだ」


 調査班の面々は白いキメラの存在を信頼できる上司に伝え、正式に観察する許可を得た。白いキメラは徐々に知能を上げ、人語すら介し始めた。

 遺跡での出会いから一ヵ月が経ち、特殊な魔法による血液検査や魔力波長の分析が行われた。そこで判明したのは魔物の誕生に関わる事実だった。


「アレの身体にはあらゆる魔物の体細胞が眠っていたのだ。それらは特定の魔物を喰らった時に本来の力を取り戻し、複雑な変身や変化を可能とする」

「…………変身に、変化」

「レイスの言う『原初の魔物』は実際にいて、それが何らかの要因で分裂した。肉片は劣化した力を持つ黒いキメラと、木っ端な魔物に別れて生まれ変わった。白いキメラは言うなれば……、原初の魔物の心臓ともいうべき核だ」


 一連の話を聞き、一つの考えが浮かんだ。生命の命題として「卵が先か鶏が先か」というものがあるが、俺たち黒いキメラに関しては鶏が先だったのだ。


『つまり俺たちは魔物を取り込んで強くなるというより、失ったものを喰らって元の……、原初の魔物に戻ろうとしているってことなのか?』


 答え合わせをするように問うと、グリーベルは無言で頷いた。

 大仰な事実に恐怖したのか、イルンは無意識に俺へ寄り添った。


 そんな驚異的ともいうべき白いキメラがどこにいるのか、俺は質問した。するとグリーベルは一度目線を落とし、長い沈黙を経て顔を上げた。


「五年前に研究所が襲撃され、白いキメラは攫われたのだ。襲撃の実行犯は内部の者、レイス・ローレイルだ。奴は自衛手段を持つ吾輩を除く全員、クラインすらも手に掛けた。今思い返しても悪夢のような光景だった」


 グリーベルは必死に逃げ延び、イルブレス王国に助けを求めようとした。だが道中で人型キメラに襲われ始め、長い逃亡生活が始まった。後はアイに聞いた通りの流れで、安住の地を求めアルマーノ大森林に根を下ろしたと言った。


「――――レイスと白いキメラを野放しにするのは危険だ。馬鹿らしい話だと笑われるだろうが、世界の危機にすらなり得ると判断する。吾輩は吾輩自身が関わった研究の責任として、この事態の収束に動くと決めたのだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る