第107話『グリーベル』

 こういうのをマッドサイエンティストと言うのか、グリーベルの印象は一重に変わり者だ。歴史に名を遺す偉人といった威厳や風格は感じられなかった。

 グリーベルは葉巻に火を点けようとするが、着火剤らしき道具から火が出なかった。何度か振るっては叩き、最後は諦めて道具をその辺に投げ捨てた。


「なーアイ、これに火を点けてくれ」

「――拒否します。お姉さま方から葉巻は健康に悪いと聞きました」

「あーこれは薬、いつもの奴とは違う違う」

「――了解しました。では先端を前に突き出して下さい」


 グリーベルは葉巻を指と指の間につまんで持ち上げた。待望の喫煙が迫り顔に喜びが浮かぶが、直後に落ち込んだ。アイは傍目にも分かる過剰な威力の火を腕から放ち、葉巻を指先ギリギリまで焼き焦がしたのだ。


「えー……、これどうやって吸うの?」

「――提案します。みっともなくすぼめた唇で吸えばいいかと」

「うーわ、辛辣。今回は吾輩の負けか」


 燃えカスとなった葉巻をしまい、グリーベルは俺たちを見た。最初にイルンを興味無さげに見つめ、続けてキメラ本体の俺を長めに観察した。

 問われたのはアイに対する対応で、外に連れ出した件を問われた。ただ外の世界を見せたかっただけと言うと、グリーベルは目を瞬かせた。


「へー、面白い奴だな。それでアイと接した感想はどうだった?」

『感情表現が不得手だとは思うが、話が分かる良い子って感じだ』

「人の見た目で気持ち悪いとか、存在そのものが不気味とか思わなかったか?」

『不気味? 特にそんなことはなかったが……』

 

 もっと微妙な完成度ならともかく、アイは人と遜色ない美少女だ。

 イルンも同じ気持ちだろうと思うが、どこか神妙な面持ちをしていた。


「まー、そこの魔法使いちゃんの反応が正常だ。言われた通りに動く傀儡とかならまだしも、物が人の形と意思を持って動くのは普通不気味なもんだ」

「ご、ごめんなさい。アイさんにもとんだご無礼を……」

「いや合格だ。魔法使いちゃんは怖がりながらも受け入れようとはしている。崇高な発明の理解は時間が掛かるから、開発者としてはその反応で満足よ」


 ははっと笑い、グリーベルはアイの頭を撫でようとした。だがアイは伸びてきた手を避け、続く手もパシリと払った。創造主とは思えぬ塩対応である。

 グリーベルはやれやれと頭を掻き、鉄くずの山から立ち上がった。そして棚の一角に掛けていた白衣を持ち、布をバサリとひるがえして袖を通した。


「――――グリーベルの研究室にようこそ、まー歓迎してやる」


 その言葉を聞いて安堵した。グリーベルは歴史改変において重要過ぎる人物であり、友好的に接するに越したことはなかったからだ。

 話を続ける前に行方知れずなエンリーテのことを伝えようとするが、グリーベルは部屋の奥へ行ってしまった。そして陶器製のカップに何かを入れて持ってきた。中身は真っ黒な液体で、立ち昇る湯気からコーヒーっぽい香りがした。


「これはこの辺りの植物から取れる植物の種で作った飲み物だ。ちと苦みはあるが、これを飲むと目が冴える。今お気に入りの発明品だな」

 グリーベルはカップを傾け、液体を素晴らしい味と評した。


「ク、クー師匠。これ、すっごい黒いんですが……」

『まぁそうなるよな。ちょっと俺が味見するわ』

「だ、大丈夫なんですか? もう少しゆっくり飲んだ方が……」

『……ちょっと変わった風味があるけど、やっぱこれはアレだな』


 予想通りコーヒーに近い味と風味だ。俺的には全然ありだった。

 イルンは緊張で唾を呑み、意を決してコーヒーに口をつけた。慣れない味だったようでむせるが、頑張って飲んだ。それを見たグリーベルはから笑いした。


「本当に面白い奴らだな。食人衝動が無い人型のキメラに、それを健気に慕う魔法使いちゃん、こんなの作り話でも中々ないぞ」

『実はもう一人仲間がいるんだ。この森に来てからはぐれて、どうにか合流できないかなって考えている。力を貸してくれないか?』

「あー、分かった。そっちは監視の自動人形に伝えておく」

『助かる。黒い服に黒髪の男性剣士だから、間違えはしないと思う』


 グリーベルはアイに特徴を伝え、捜索に向かわせた。そして鉄くずの山に再度腰掛け、何の目的でこんな森の奥まで入ってきたのか聞いてきた。


 それは俺たちの核心に踏み込んでくる問いで、返答に悩んだ。世界の救済といっても頭がおかしいと思われるだけなため、ここは『エルフの国を探しに来た』と言った。するとグリーベルは虚を突かれた顔をした。


「……大したもんだ。よくここにエルフの国があるって分かったな」

『気づいたのは隣のイルンだ。って、もうエルフの国を見つけているのか?』

「断定とまでは言えない。だがそれっぽい痕跡は見つかってる。そっちがどうしてもって言うなら、交換条件で可能性が高い場所を教えてやってもいい」


 交換条件とはカイメラ含めた人型キメラの撃退だった。次の引っ越しまで時間を稼いで欲しいそうで、自動人形たちを戦力として貸すと言った。


『分かった。なら俺たちはグリーベルを守る』

「交渉成立だ。そういえばあんたの名は何だっけか?」

『俺はクーだ。さっきイルンがそう言ってただろ』

「あー、悪い悪い。研究対象以外の名を覚えるのは苦手なんだ。人型キメラで覚えているのは……アイツぐらいなもんか」


 アイツとはカイメラのことだと思った。だがグリーベルは否定した。カイメラは必然的に覚えるしかなかった相手であり、本人自体に興味は無いそうだ。俺は『ならその覚えている奴は何者なんだ』と聞いてみた。


「そんなに知りたいのか」

『まぁそれなりには』

「じゃあ特別に教えてやる」


 どうせ見知らぬ名が出ると思った。だからこそ絶句した。

 グリーベルは新しい葉巻を取り出し、末端を口に咥えて言った。


「――――アイツとは、世にも珍しい白いキメラだ。一緒に過ごしたのは数か月そこらだが、本当に変わり者だった。今から五年も前の話だ」

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