第106話『招待』

 カイメラは本気の殺気を放ち、より肉体を変身させた。両手に生えていた獣の白い毛は腕の中間部まで生えていき、両足も太ももから下が獣の形状に変わり、急所の一つである首元には白いたてがみが出現した。


 イルンは変身の途中に水弾を撃つが、カイメラは水魔法耐性か何かで無効化した。大質量の水球にも耐えてみせ、毛についた水滴を手で払った。


「あたしだって馬鹿じゃないわ。クーくんにやられてからここ数日、水の魔法に対応できる魔物を探していたの。だからごめんね、イルンちゃん」

「……近づけば撃ちます。今のがボクの本気だと思わないで下さい」

「ふふふ、やっぱり素直な子。ハッタリが全然利いてないわよ。たぶんだけどさっき撃った水の一糸は調整不足、そう何度も使えないんでしょ?」


 図星をつかれてイルンが動じ、カイメラは微笑ましく笑った。会話口調こそ軽いが隙が無く、いつ襲い掛かられてもおかしくなかった。俺を置いて逃げるように呼び掛けるが、イルンは「絶対に守ります」と言った。


「クー師匠は渡しません。カイメラさんだとしても、です!」

「そこをどきなさい。あたしだって知り合いを殺したくないわ」


 空気が冷え、決死の戦いが始まる。そう思った時のことだ。

 突如森の奥で轟音が鳴り、木々の隙間を縫って砲弾が飛来した。着弾地点にいたカイメラは二メートル近い長さの尻尾を振るい、一閃で砲弾を切断した。


 謎の援護射撃はそこで終わらず、追加で数十もの弾が放たれた。

 狙い撃たれたカイメラは舌打ちし、忌々しく森の先を見据えた。


「――――あぁそう、本当に邪魔なお人形たちね」


 そう言うと同時、俺たちの背後から七体の自動人形が姿を現した。少女の姿をしたアイとは違い、全員が大人の女性の見た目だった。メイド服という風貌に反し、その手には武骨な携行式大砲が握られていた。


「――照準します。全力の射撃をお見舞いします」

「――装填します。十秒の時間を稼いでください」

「――発射します。他の者はその場で待機して下さい」


 自動人形は俺たちの前に立ち、次から次へと砲撃を行った。

 カイメラは尻尾で弾をいなし、気だるげにため息をついた。


「…………はぁ、興がそがれちゃったわ。お人形遊びしても全然楽しくないし、この人数差だと片付けに時間が掛かり過ぎるわね」


 一発の砲弾がカイメラの横に着弾し、岩が浮き上がった。カイメラは身体を捻って足を高速で振るい、岩を軽々蹴って発射した。その速度はあまりにも早く、回避が間に合わなかった自動人形一体が破壊された。


 しかしカイメラはそこで攻撃を止め、追加の砲撃を避けた。そして近くにあった大樹を駆け登り、枝の一箇所に腰を据えて言った。


「クーくん、今度はお互い万全の状態で戦いましょ。あたしが勝ったらクーくんを仲間に、負けたらグリーベル捕縛から手を引いてあげるわ」

「……ギウ」

「今度は序列七位の後輩を連れてきてあげる。あたしと違って甘い子じゃないから、大変なことになっちゃうかも。覚悟はしておいてね」


 カイメラは微笑し、弾みをつけて枝から跳んだ。大樹から生える無数の葉っぱによって姿が見えなくなり、辺りには穏やかな静寂が訪れた。自動人形たちも構えた武器を下ろし、先頭の一体が俺たちに向き直った。


「―――案内します。グリーベル様があなた方の来訪をお待ちです」


 いきなりの申し出でに戸惑うが、答えは一つだ。俺とイルンは頷き合って自動人形たちの誘導に従い、森の奥へと進んでいった。



 数分歩いて陽光差し込む広場に着き、さらに奥へと進んでいった。どこにも屋敷らしき建物がなかったが、その理由はある意味単純なものだった。

 自動人形たちは森の一角で立ち止まり、地表に剥き出しとなった岩盤に手を触れた。すると岩の一部が動き出し、地下に続く階段が現れたのだ。


『……地下に人が生活できる空間、か。まだ確定したわけじゃないが、イルンが言ったエルフの国が地下にあるっていう説の信憑性が増すな』

「でもアルマーノ大森林の広大さを考えるに、エルフの国の所在を調べるのは難しそうです。最優先すべきはエンリーテさんとの合流ですし」

『まぁ、あの人なら万が一は無いだろうけどな』

「ボクもそう思いますけど、それでも心配です」


 そんなこんな会話していると広い空洞に着いた。グリーベルの屋敷は土に埋め込む形で造られており、正確な大きさが不明だ。辺りには採掘物らしき鉱石が入った木箱や、武器らしき残骸がそこら中に置かれていた。


(……何だこの量、防衛のためにはさすがに多いよな)


 中には自動人形では扱えない、と思われる大きさの大砲もあった。何に使うか分からない巨大な金属板もあり、見れば見るほど謎が深まった。

 リーダーっぽい立ち位置の自動人形に話を聞くと、「以降の案内はアイに任せます」と言った。結局質問には答えず屋敷の中に入っていった。


『……それじゃあアイ、案内を頼んでいいか?』

「――承諾します。ここからの案内はアイが担当します」


 アイはロングスカートの両端をつまみ、丁寧にお辞儀した。玄関まで歩いて扉を開け、俺たちを中に招いてくれた。誰かを案内するのが初めてなのか若干のギクシャク感があり、より人らしい印象が強まった。


 入ってすぐの場所には階段があり、屋敷が二階建ての構造と分かった。グリーベルの自室と思わしき部屋にはガラス瓶が無数に置かれており、羊皮紙の束が散らばっていた。いかにも研究室といった様相である。


「――紹介します。あちらが我らの創造主、グリーベル様です」


 手で促された先には鉄くずの山があった。

 アイが声を掛けると山が蠢き、中からうめき声が聞こえた。少しすると腕がゾンビのように生え、のそりと本体が出てきた。姿を見せたのは無精ひげの男性だ。


「…………まーた、残骸の山に埋まっちまった。だが己の創造した物の上で寝るのは良いもんだ。藁の寝具よりよほど眠気が湧く」


 男性はボリボリと頭を掻き、懐から細い葉巻を取り出した。末端を口に咥えたところで俺たちに気づき、やる気なさ気な声でこう告げた。


「――――吾輩の名はグリーベル・ギラドスタ。偉大なる発明家にして、いずれ魔法の時代を変革する者である。……なーんてな」

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