第105話『一勝一敗』

 カイメラは親し気に俺を見つめ、背中に乗ったアイを睨んだ。アイは反射で両腕を変形させ、火の魔法を撃とうした。だが俺は八又蛇の首をくぬらせて頭上に壁を作り、アイの攻撃を一時中断させた。


『アイ、少し待っててくれ。あいつと話がしたい』

「――拒否します。あの者はカイメラ、グリーベル様の敵です」

『気持ちは分かるけどな、どう考えても勝負にならない相手だろ。グリーベルとやらは無駄に戦って死ぬことを喜ぶような奴なのか。違うだろ』


 アイの造形美に機能性に感情の発露、それらは間違いなく愛あってこその代物だ。アイ自身もそこは同意だったのか、攻撃姿勢の腕を下ろしてくれた。

 カイメラは猫耳を立てて会話を聞き、一区切りついたところで歩き出した。モフッとした片手を腰脇に添え、「もうお話は終わったの?」と言った。


『ひとまず終わった。待たせて悪かったな』

「再会を喜ぶ前に聞いておきたいんだけど、クーくんはどうやってここに来たの? ちょっと前までコルニスタにいたわよね?」

『飛んできた。まぁちょっと野暮用があってな』

「……ふーん、野暮用ねぇ」


 カイメラはジッと俺を覗き込んだ。何かしら特別な力を使ったことはバレたみたいだが、さすがに転移魔法とまでは思わなかったようだ。


『俺からも聞いておきたいんだが、カイメラの狙いは自動人形のアイ……を作ったグリーベルなんだな。それは組織からの命令って奴か?』

「その通りよ。実はクーくんと会う前にも命令を受けてたの。一度見失ってからずっと探してて、ようやくこの森にいる情報を掴んだわけ」


 この近辺にグリーベルが潜伏していると当たりをつけていたらしく、結界の突破方法を模索中だった。そこに俺とアイが現れたとのことだった。


『一応聞くが、このまま帰ってくれはしないんだよな』

「当然でしょ。グリーベルを連れて帰ればあたしは『目的』を果たせるの。クーくんとは戦いたくないから、その子を置いてどこかに行ってくれないかしら」

『……嫌だと言ったら?』

「戦うしかなくなるわね。一応言っておくけどあの時のあたしは全然本気じゃなかったわ。魔法が得意なクーくんでも、そう簡単に勝てると思わないことね」


 強がりでも何でもない、カイメラの内に秘めた実力は本物だ。

 青の勇者の力を使えればと思うが、まだアレスの肉体に変身できない。石板に接続した時に得た『便利な力と攻撃魔法』も魔力切れで使用不能だ。

 一度首を持ち上げてアイを見ると、不安そうな顔で俺を見ていた。正直言って勝ち目の無い戦いだったが、アイのためにこの場は譲らないと決めた。


『悪いな。カイメラは良い奴だって思ってるが、キメラの組織は真っ黒だ。グリーベルを渡すわけにはいかない。だからここから先には行かせない』

「本当にお人よしねぇ。ますます勧誘したくなってくるじゃない。それじゃあクーくんが仲間になってくれるなら、特別にここから去ってあげるわ」

『…………いやそれ、後日別の奴が来るだけだろ』

「あらバレちゃった。それじゃあ戦いましょうか」


 カイメラはチロッと舌を出して笑い、一瞬で表情を引き締めた。獣特有の毛量の多い長髪が逆立ち、グルルと重々しい唸り声が喉奥から発せられた。


 俺はアイを背から下ろし、キメラオルトロス形態のままで向き合った。未だ黒鱗のワイバーンや宝石巨人レベルに変身はできず、回復した魔力で使えるのは暴風二発に小粒のスキル数回が限度だ。絶望的な戦力差である。


『――――だとしても、やってやるさ』


 俺は戦う覚悟を決め、眼前のカイメラと相対した。

 強く風が吹き、静寂と共に開幕の一手が繰り出された。


 カイメラは人の両足を獣に変え、地面を潰す勢いで踏み込み飛び掛かってくる。俺は暴風を撃ちつつ後退し、正確な狙いでカイメラに麻痺毒を浴びせた。だが、


「そんな攻撃で止められると思ってるの? 舐められたものね!!」


 カイメラは麻痺毒を受けながら跳び、かかと落としを放ってきた。

 ギリギリで直撃を回避するが、落下の衝撃で大地が派手に割れた。


「――――さぁ、どんどん行くわよ!」


 カイメラは豪速の拳を放ってくる。キメラオルトロスの右顔面は粉砕され、容赦なく左顔面を狙った拳が迫る。が、ここはギリギリ回避した。

 反撃として八又蛇の首を伸ばして噛み付こうとするが、ほとんどが裏拳で潰された。何とか残った首で噛み付くが、麻痺毒の効果は無かった。


『……そうか、麻痺を無効化する魔物を使ったのか』

「キメラ同士の戦いではよくあることよ。だから下手に様子見するより、必殺の一撃で仕留めた方がいいわね。この機会に覚えておきなさい」

『あぁ、そうかよ!』


 最後の暴風を地面に撃って視界を遮った。俺の動きに合わせてアイが援護射撃を行い、何とか距離を取ることに成功した。だがもう次の手がなかった。


「……クーくん、あなたもしかして」


 ポツリと呟き、カイメラは訝しんだ。そして瞬きの間に距離を詰め、防御のために出した蜥蜴男の腕ごとキメラオルトロスの左顔面を蹴り千切った。

 すべての頭を破壊されて視野が失われる。カイメラは胴体を爪で引き裂き、鮮血を浴びながら俺の肉体を解体した。抵抗の余地は欠片も無かった。


 ついに本体の球体を見つけられ、両手で捕獲された。アイは窮地に陥った俺を助けようとするが、カイメラの回し蹴り一発で地面に転がった。


「何で他の姿に変身しないんだろうって思ってたけど、変身できないのね。その症状には見覚えがあるわ。勇者コタロウの剣にやられたんでしょ」

「ギ、ギウ」

「うーん、困ったわね。これじゃ一方的過ぎて勝ったって言いづらいじゃない。前の借りもあるし、クーくんは見逃してあげてもいいんだけど……」


 カイメラは手の平の上に俺を乗せて悩んだ。

 せめてアイだけでも逃がせないか考えた時、空を切って水弾が飛んできた。カイメラは首を動かして直撃を避け、続く連射を背面飛びで回避した。


「――――クー師匠! 今助けます!」


 その声で大量の水球が降り注ぎ、カイメラは退路を失って足を止めた。ほぼ同時のタイミングで茂みから飛び出したのはイルンで、俺たちに向けて右手の人差し指を構えた。指先からは複雑な紋様の魔法陣が現れた。


 カイメラは悠々と迎撃の構えを取るが、直後表情を変えた。イルンが放ったのは水レーザーを模した高圧の射撃で、慌てて回避行動を取った。一瞬できた隙をついて俺はカイメラの手から逃れ、イルンと合流した。


「…………へぇ、ずいぶん楽しませてくれるじゃない」

 そう口にしたカイメラの目は、血に飢えた獣がごとき恐ろしさだった。

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