第104話『初めての絶景』
自動人形のアイと別れておよそ十数分、俺はあの陽光差し込む広場にいた。別にアイと話があったわけでも、重要な痕跡を見つけたわけでもない。いくら森を進んでもここに戻され、他の場所に行くことができなかったのだ。
『…………というわけなんだけど、何か分かるか?』
俺は広場に入る手前の茂みから話しかけた。
ここはアイの防衛区域に含まれていないらしく、特に攻撃されなかった。長く無言の見つめ合いを続けていると、アイが先に折れてくれた。
「――返答します。この辺り一帯には外敵の侵入を阻害する結界があります。簡単に入ることはできず、侵入者は逃がさない設計になっています」
『……ちなみにここにいたらどうなる?』
「――返答します。あなた様の対処は外の区域を担当する自動人形に任せるのが最善となります。なので留まれば留まるほど排除の危険が増します」
『……出方が分かればすぐに出たいところなんだがな』
二人と別れてからだいぶ時間が経っているため、一分一秒でも結界の外に出たかった。際限なく焦りが高まるが、冷静さを欠くとろくなことにならない。ここをいち早く脱出するため、何とかアイを説得するべきと考えた。
『アイはずっとここにいるんだよな。暇になったりしないのか』
「――否定します。アイの命令は広場の監視です。それ以上も以下もありません」
『でも話しぶりを見るに、自分でものを判断する能力はあるんだろ。ならこの木々の先には何があるのかとか、どんな動物がいるのかとか思わないのか?』
「――否定します。景色は景色、動物は動物です。興味など、ありません」
ほんの一瞬間があった。やはり興味があるようだ。
『もったいないな。外は外で色々と面白いんだけどな』
「――質問します。森には木と地面以外の風景があるのですか?」
『そりゃそうだろ。この広場みたいに花と泉があるのも素敵だけど、川に沼に崖に洞窟、高台からの絶景と素晴らしい景観がいくらでもあるんだ』
段々になっているアルマーノ大森林特有の地形、小川を泳ぐ魚にそれを狙う鳥、人一人が入り込める大樹の洞と、見どころはそこら中にある。
『…………まぁ同じぐらい危険も多いんだけどな』
精一杯の魅力を伝えるが、アイは黙した。作り物の肉体なので表情が乏しく、思考がイマイチ読めない。薄っすら興味を惹けたような感覚があるが、それも俺の気のせいかもしれない。微妙なところだ。
諦めて森に戻るとアイが踏み込んだ。長い前髪の奥に隠れた瞳で俺を凝視し、キメラオルトロスのたてがみを指でつまんだ。
「――思考します。アイは……」
人間らしく言い淀み、目線を上げた。
「――希望します。アイは広場の外を見てみたいです。グリーベル様の命令は監視ですが、一定時間の休息は許可されています」
『それはいいな。じゃあ行くとするか』
「――肯定します。ですがアイは休息のため、通常通りの稼働はできません。なるべく動かないようにするため、ため……」
アイは両手を前に広げて言った。
「――所望します。稼働時間を延ばすため、アイは抱っこを所望します」
可愛らしさ満点の要求に噴き出してしまった。外を見に行きたいという欲求がひしひしと伝わってくるからか、かなり人間味が感じられた。
俺は伏せて座り、首元の八又蛇をアイの身体に巻き付けた。身体全体に金属が使われているからか体重は重めだったが、問題なく背に乗せられるレベルだ。しっかりと背中の上に固定してやり、森の先を見据えた。
『――――じゃあここを出るために、全速前進で行くぞ!』
肯定、と声が聞こえたところで走り出した。位置的にアイの顔は見えなかったが、微かにでも笑顔を浮かべてくれている気がした。
侵入阻害の結界を出るには複雑な経路を通る必要があり、アイの手助けが必須だった。ならば何故あの広場を見つけられたのかと疑問が浮かぶが、答えは単純だった。転移魔法で俺が結界の内側に飛ばされたからだ。
『アイ、この結界は完璧なのか?』
そう聞くと否定がきた。あくまで結界の能力は視覚・嗅覚・聴覚を一定レベル誤認させるもののため、極まれに魔物が侵入してくるそうだ。
「――質問します。あなた様はどうやってここまで来たのですか?」
『……どうって、まぁ偶然というか成り行きというか』
「――不審です。やはりあなた様は敵のキメラなのですか?」
『だったら大変だな。まぁ一度信じたなら諦めて付き合ってくれ』
俺は倒れ朽ちた大木を跳び越え、高い岩山に跳び登った。するとこれまで葉っぱの隙間からこぼれていた陽光が一層強くなり、気持ちの良い風が吹きつけた。抜け出た先にあったのはどこまでも続く広大な自然風景だ。
「――驚嘆、します。これは確かに素晴らしいと判断します」
アイは俺の背中にある毛をギュッと掴んだ。嬉しそうで何よりだ。
もっと遠くに行くかと聞くが、アイはこの景色だけで十分と言った。
俺はアイが満足するまで付き合ってやった。そうこうしているうちに休憩時間とやらが過ぎ、あの陽光差し込む広場に送り届けることになった。
『そういえば人型のキメラって言ってたけど、名前は分かるのか』
「――肯定します。幾度と現れたのは獣のキメラ、カイメラという少女です」
『……は? カイメラ?』
聞き知った名に足を止めた。タイミングを合わせたかのように響いたのはニャンという鳴き声で、俺たちの頭上を小さな影が跳び越していった。
進行方向に降り立ったのは白毛のネコ耳と尻尾を生やした少女だ。動きやすさを重視した露出多めの服と、猫っぽい柔らかな仕草でこう言った。
「――――あらぁ、クーくん。こんな場所で会うなんて奇遇ね」
現れたのは獣の人型キメラ、序列四位のカイメラだった。
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