第六章『ターニングポイント』

第103話『陽光差し込む花園で』

 チチチという小鳥のさえずりで俺は目を覚ました。

 キメラの本体である黒い球体の身体をクルッと反転させ、頭上にある景色を仰ぎ見る。視界一杯に立ち並ぶのは全長二十メートル超えの大樹で、天井のごとく張り巡らされた葉の隙間からは陽光がこぼれている。


 俺は枯れ葉が敷き詰められた大地の上を弾み、苔むした岩の上に登った。奥に奥にと続くのは無限の大自然、アルマーノ大森林の原風景だ。


(…………ここが三百年前のアルマーノ大森林か)


 息をするとむせ返るような草の匂いがするが、それが心地よかった。転移成功を喜ぶの束の間、イルンとエンリーテの姿がないことに気が付いた。二角銀狼主体のキメラオルトロス形態で匂いを探るが、匂いは感じられなかった。


(一難去ってまた一難、なかなか思い通りにはいかないな)


 二人を捜索しながら森を進むと、木の影から武人カマキリ……の幼体らしきカマキリ型の魔物が現れた。戦力増強としてその血肉を喰らおうとするが、暴風を一発撃つ魔力すら無いことに気が付いた。


「ギチギチギチ、ギチッ!」


 困惑の隙をついてカマキリ型の魔物は飛んでいった。転移魔法による魔力切れで追えず、俺はブゥンという羽音が消えるのを見送った。


(……一日もすればある程度回復するはずだ。強力な魔物と遭遇した時のためにも、なるべく戦闘は避けるべきだ)


 微量だが変身にも魔力を使うため、しばらくはキメラオルトロス形態で固定だ。辺りの匂いを嗅ぎながら歩いていると、次第に森が開けてきた。


 足を踏み入れたのは柔らかな陽光が差し込む空間で、地面には白い花が咲いていた。中心には綺麗な泉もあり、大自然のオアシスといった雰囲気がある。鹿に小鳥と魔物以外の生き物が多数いた。


(…………何だここ、本当にアルマーノ大森林だよな)


 不可思議さに疑問を浮かべて歩き、泉の前に着いた。動物たちは一旦逃げ出すが、広場からは出なかった。よほどここが暮らしやすいのか。


 泉の前には五メートルほどの木が何本か生えており、その隙間を通った。

 水面をひと舐めして毒性を確かめ、次いでゴクゴクと水分補給を行った。


(ここは探索の拠点として使えるな。二人を見つけたら連れてきて……ん?)


 森に戻ろうと振り返って驚いた。泉近くの木に寄り掛かって眠っていたのは十三歳ぐらいの見た目の少女で、何故か給仕……メイド服を身に着けていた。

 最初は目的のエルフかと思うが、少女の耳には魔導具らしき耳当てがあった。首元の関節部は機械的な作りであり、そこで彼女正体に思い当たった。


(――――この子ってもしかして、自動人形か?)


 緑の勇者が発掘し、その技術を再現しようとしていた魔法の英知だ。

 俺は少女を驚かせぬよう足音を潜ませて近づいた。魔力切れか何かで稼働していないのではと思うが、およそ三メートルほどの距離で目を覚ました。


「…………?」


 キチキチという静かな駆動音がし、パチパチリと目が瞬かれる。

 黒一色の目隠れおかっぱ髪に魔力が通り、毛先が赤く発光する。

 黒と赤のツートンカラーの髪は異世界基準でも異質だった。少女はぼうっと俺を見つめて首を傾げ、平坦な口調で話しかけてきた。


「――質問します。何故ここに魔物がいらっしゃるのでしょうか?」

『……何故って、まぁ成り行きかな』

「――質問します。あなたはグリーベル様のご客人でしょうか?」

『グリーベル?』


 記憶が確かならグリーベルは魔導飛行船を生み出した歴史上の偉人だ。そんな人間の名が何故ここで出てくるのか、少女はグリーベルの何なのか聞いてみた。


「――お答えします。グリーベル様はこの近くの屋敷に住んでいます」

『屋敷?』

「――お答えします。アイはグリーベル様によって生み出されました」

『アイって、君の名前か』


 アイはコクリと頷き、淡々とした動作で立ち上がった。その動きは滑らかで淀みなく、駆動音がなければ人間だと勘違いしそうだ。


 これから屋敷に向かうのかと思うが、アイは俺を見た。そして両手を前に突き出し、腕の一部を変形させた。複雑な作りの機構部の奥で煌めくのは赤い魔石で、発せられる魔力の波動が高まってきた。


「――警告します。あなた様が招かれざる存在だと認識しました。グリーベル様は多忙であるため、早急に排除させていただきます」


 え、と声を発した瞬間に腕から火の弾が発射された。回避しつつ抗議の声を上げるが、アイは無表情のまま足元にあった武器を持ち上げた。


「――警戒します。あなた様は秘密兵器を使うべき難敵と判断します」


 武器は携行式の大砲だった。普通の大砲と違うのは砲身の横に装着された弾倉である。弾は連続して放たれ、俺の背後の地面が派手に爆散した。


『いやちょっと待て、急に攻撃した理由ぐらい教えてくれ』

「――返答します。グリーベル様は何度もキメラに襲われ、安寧の地を探してここにたどり着きました。あなた様がキメラであるため、排除します」

『キメラに襲われたって、人型のキメラか?』

「――肯定します。グリーベル様は優秀なお方、人型のキメラはその英知を狙っているものと推測されます。なのでキメラは見つけ次第排除します」


 アイは大砲を持ったまま俺を追い、的確に砲弾を撃ってきた。しばらく逃げ回って痛感したのは、グリーベルが恐ろしい発明家という事実だ。

 大型が基本の大砲を小型化し、弾を装填する機構、反動を打ち消す空洞式の銃身など、数百年は先の技術を個人で完成・実用化させている。


(……この時代の発展基準ならせいぜいボウガンが限度のはずだ)


 まだ他にも武器があるのか、そう警戒した。だがアイはカチカチと引き金を引き、三つ目となる弾倉を地面に捨て、携行式大砲を抱えて寝転がった。


「――万策尽きました。このままでは捕獲される危険があるため、ただちに魔力圧縮駆動による自爆行動に移ります。お気をつけ下さい」

『へ、自爆?』

「――復唱します。このままでは捕獲される危険があるため、ただちに魔力圧縮駆動による自爆行動に――――……」

『ちょっと待て! 俺がここからいなくなれば大丈夫なんだな!』

「――肯定します。その場合は自爆行動をただちに取り消します」


 どのみち先の要件はイルンとエンリーテの捜索だ。

 俺はそろりそろりと後退し、アイが自爆しないところを見届けて森に戻った。しっかりと近辺の匂いを覚えたため、ここにはいつでも戻ることが可能だ。


『…………自動人形にグリーベルか、どうなるやらだ』

 歴史改変は着々と進んでいる。俺はこれまで以上に気を引き締めた。

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