第102話『私という存在』※リーフェ視点
…………水明の迷宮にて行われたキメラ討伐、先遣隊を務めていた私たち勇者コタロウ班は対象を取り逃し敗北した。
幸い他の討伐隊が遅れていたこともあり、『討伐対象は水中に没した』と報告することになった。その提案をしたのは最上位冒険者のマルティアさんで、迷宮の主である宝石巨人の討伐も勇者コタロウの手柄にするべきと言った。
「――――あなたは勇者、魔物に怯えるすべての者の希望となる存在ですわ。それが受勲直後に敗北したとあれば、イルブレス王国への信用に関わります」
あのキメラの討伐は先送りにした方がいいと、今は認知と信頼を得て行くべきではないのかと言った。マルティアさん自身が冒険者組合で高い信頼を得ていたこともあり、討伐完了は誰にも疑われず認められた。
私たちは仮初の栄誉を手にし、タラノスの人たちから祝福を受けた。皆の笑顔を見るたびに胸が痛むけれど、嘘をつくと決めた以上耐えるしかなかった。
『…………そうですか、件のキメラは死にましたか』
冒険者組合二階の客室に戻ってすぐ、今回の一件に関する報告がなされた。通話用の魔導具から声を発しているのは宰相のレイス・ローレイルさんだ。誰に対しても分け隔てなく接する人柄だが、私は苦手意識を持っていた。
レイスさんは私たちの労をねぎらい、一日タラノスで休むように言った。その後は本来の予定を大幅に変更し、船を使ってイルブレス王国に戻るよう指示した。何でもコタロウさんに対処して欲しい要件ができたそうだ。
『それでは会議があるので失礼します。何か他に話はありますか?』
「あの、最上位冒険者のマルティアという人が帰還に同行したいと希望しました。イルブレス王国の出身らしく、故郷のために戦いたいそうです」
『……マルティア、かの有名な魔導具使いですか。水明の迷宮での戦いの恩賞も出すべきでしょうし、構いません。帰りの船に乗せてあげて下さい』
「はい、ありがとうございます」
そこで通話の接続が切れ、客室には静寂が流れた。
改めて迷宮での失態について謝罪するが、コタロウさんは「オレのせいだ」と自責した。そして拳を強く握り、悔しさの残る顔で立ち上がった。
「――――もうオレは絶対に負けません。どんな相手だろうと勝ちます。勇者という名を預けてくれた人たち、その名に期待する皆、すべての希望になります!」
目に燃え滾る闘志を宿し、屈辱に満ちた表情で部屋から出ていった。慌てて追いかけて廊下の曲がり角を行くと、ばったりマルティアさんと出くわした。
「ごきげんよう、歌姫リーフェ様。そんなに急いでどうされました?」
ここは今イルブレス王国の関係者以外立ち入り禁止になっているはずだ。警戒して身構えると後ろから声を掛けられた。そこにいたのは記憶を失う前の私を知る騎士のココナさんで、「わたしが面会の許可をした」と口にした。
「すまない、リーフェ。少しだけ時間をもらえないだろうか」
「……分かりました。ココナさんを信じます」
「ありがとう。では立ち話も何だし、皆で客室の方に移動するとしよう」
三人で客室に移動し、窓際に用意された四人掛けのテーブル席に案内した。先に座って話とは何かと問うと、マルティアさんも席に座りながら言った。
「要件はこの町で出会ったキメラ、クーについてのお話ですわ」
「クー……、そういえばそう名乗ってましたね」
「単刀直入に言います。彼はリーフェ様が失った記憶と密接に関わる人物ですわ」
「……私の記憶に、彼が?」
ありえないとは言えなかった。心のどこかで彼と会ったような感覚があり、戦闘中であっても敵意を抱くことができなかったからだ。
詳しい話を聞こうとし、はてと疑問が湧いた。何故マルティアさんはクーと私の関係を知っているのか、思い当たったは二つだった。
「マルティアさんも昔の私を知っている。そういうことですね?」
「えぇ、お察しの通りですわ」
「……そしてマルティアさんは、クーさんのお仲間では?」
「そこまで気づきましたか。ご明察ですわ、リーフェ」
呼称から『様』が消えていた。歌姫リーフェとしてではなく、私自身に語り掛けているような声音だった。
一連の発言は明確な裏切り行為だが、それを咎める気はなかった。ここで助けを呼んだところで口封じされるだけだし、何より失われた記憶の手掛かりを掴みたかった。クーという人のことをもっと知りたかった。
「――――教えて下さい。私はいったい何者なんですか?」
マルティアさんは一度息をつき、立ち姿勢のまま待機していたココナさんを座らせた。そこから告げられたのは私たちが同じ学び舎の出身だという過去だった。
「当時のわたしくとリーフェは仲が良くなく、絶えず喧嘩をしていました。ちょっかいを出すのはいつもわたくしで、とても酷いことをしましたわ」
「私と、マルティアさんが……」
「クーはあなたの使い魔として現れました。まるで家族のような温かさを感じられる関係で、力を合わせて無理難題をも突破する姿をよく覚えてますわ」
騎士団長という人と戦って勝利し、万来の喝さいに包まれた闘技場の光景がずっと忘れられないのだとマルティアさんは語った。
「そこから先を知っているのは、ココナの方ですわね」
説明を引き継がれ、ココナさんは私たちが騎士団に所属したことを説明した。私は騎士団長の指揮下で歌魔法の力を磨き、クーは部隊員として頑張っていた。それからアルマーノ大森林で行われた調査任務に参加し、消息不明となった。
「……まったく思い出せません。でも突拍子もない話だとも思えません」
不思議な感覚だった。心の奥底に眠る記憶が二人の話を肯定していたのだ。
私は頭にチクリとした痛みを感じつつ、俯いた顔を上げて所感を述べた。
「今ここで全部を信じることはできません。でも心の中には留めておきます。その上で教えて下さい、クーさんたちの目的とは一体なんですか?」
「…………わたくしたちは世界を救うために戦っていますわ。近く歴史を変える大きな戦いが始まるため、もっと仲間が必要なのです」
マルティアさんは居ずまいを正し、重く静かな口調でこう言った。
「――――記憶を失う前のリーフェとして無理なら、歌姫として。どうかわたくしたちに力を貸して下さいませんか?」
――――――――――
ここで五章は終わりです。お付き合いありがとうございました。
次の投稿は一月四日(木曜日)からとなります。そのまま土曜日、月曜日と投稿していつも通りの月・水・金の投稿頻度に戻ります。
今回の章はやたらと他視点が多かったですが、元々そういう章として設定していました。なので次章からはまたクー主体の物語進行に戻ります。歴史改変の大一番、エルフの国を救うために奔走します。楽しみにしていただけると幸いです。
それでは良いお年を、来年もまたお会いしましょう。
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