第101話『いつかまた会うために』

 開戦の一手を繰り出したのはコタロウだ。神剣に虹色の魔力を纏わせ、凄まじい破壊力と攻撃範囲を持った飛ぶ斬撃を放ってきた。円柱状の足場は端から端まで切断され、さらに後方の壁が裂け崩れた。


『――――追いついたか。思ったよりも早かったな』

 俺は相対して身構え、水晶の目玉を向けた。


 戦闘力を示す光はマルティア、ココナ、コタロウ、リーフェの順で眩しかったが、一つだけ例外があった。コタロウが持つ神剣からは尋常じゃない輝きが発せられていたのだ。


(……どんだけ規格外な力を持ってんだよ。それを出し渋っているのはここが地下だからか? それともコタロウの実力不足か何かか?)


 全力を解放すれば水明の迷宮ごとタラノスは崩落しそうだ。そう考えながら前衛の位置に着くと、突撃槍を持ったマルティアが切り込んできた。

 狙いは一番前の俺で、回避しやすい顔面に突きを放ってくれた。事前の打ち合わせ通り反撃を行い、互角の戦いを演出しつつ念話魔法を行った。


『クー、転移は可能ですか? 可能なら時間はどれぐらい掛かりますか?』

『あと三分ってところだ。詳しい説明は省くがアルマーノ大森林まで飛べる』

『……それは僥倖ですわね。では時間が来るまで実戦訓練としましょうか』

『ちょうど新しい力を試したかったところだ。助かる』


 マルティアを援護しようとコタロウが切り込んでくるが、エンリーテが止めてくれた。更なる援護として駆けつけたココナを止めたのはフードを深く被ったイルンで、両者はジリジリと距離を取って身構えた。


 大通りの戦いと同じくエンリーテはコタロウを圧倒した。

 接近戦主体のココナはイルンが放つ水の弾幕に苦戦していた。


『……心なしかココナの動きが遅いな』

『あの子にはある程度事情を説明しました。今は何をすればいいか分からなくて実力が発揮できないでしょう。イルンが経験を積む良い相手になります』

『そんなことまで頭が回るのか、さすがだな』

『ふふっ、他人事ではありませんわよ。わたくしと戦う機会はしばらくありませんし、全力で掛かって下さいまし。すべて退けてみせますわ』


 マルティアは自信に満ちた声で言った。だから本気で行くと決めた。

 俺は背中の部位に宝石巨人を配置し、宝石生成のスキルで身体中に宝石を生やす。これにより全身に属性適応能力が付与され、物理と魔法の防御力が向上する。指先に宝石の爪を生やしたりと、全体の外見を一新した。


クー(ワーウルフリザード・ジュエルフォルム)

攻撃A+ 魔攻撃A+

防御S  魔防御S

敏捷C+ 魔力量A


 変身完了と同時にマルティアの槍が肩口をえぐるが、そこで宝石の色が変化した。二撃目の刺突は甲殻を貫けず、ギャリッと音を立てて滑る。魔導具の属性は使用者の魔力で固定されるため、マルティアは有効打を失った。


「っ、やはり厄介な能力ですわね!」

「ギウ!」


 刺突箇所から溢れる血を使い、刃兜虫を眷属召喚した。出現できる時間は二十秒と短いが、それでもかく乱用の武器としては有用だ。辺り一帯をグルグルと旋回させ、誘導兵器の要領で順次発射した。


 俺はさらに変身し、肩の砲弾亀を雷鳴鰻に変えた。続けて雷鳴鰻の細長い身体を腕に巻き付け、全身に電気を纏った。これで殴りの威力が増し、金属の武器を持った相手へのカウンターも可能となった。


「ギウ……、ガウラァ!!」


 マルティアの実力を信じ、渾身の力で殴り掛かった。 

 拳と槍が激しく衝突し、辺り一帯には衝撃波が起きた。


『……まったく、強くなるのが早すぎますわよ』

『そうか? 全力ならまだマルティアが上だろ?』

『それはその通りですが、この分ではすぐ超えられそうですわね』

『再会時には超えてみせるさ。俺たちの願いを叶えるためにもな』


 一瞬だけ笑みを交わし、無言の合図でマルティアを吹っ飛ばした。コタロウが援護に入ろうとするが、すかさずエンリーテが回り込んだ。判断力が鈍っているココナも水弾をさばき切れなくなり、連射に紛れた水球をもろに受けた。


「――――くっ、このままでは負ける! リーフェ、歌魔法を!!」


 コタロウが願い、リーフェが応じた。安全地帯の橋上でしっとりとしたリズムの歌が口ずさまれ、コタロウたちが強化されて俺たちは弱体化した。


 加速したコタロウの剣技にエンリーテが押され始め、イルンは魔法を上手く発動できなくなる。相手側に勝利の風が流れるが、それは一瞬で止まった。ただ一人俺だけが何の弱体化も受けず、普段通りの調子で戦闘できたのだ。


「…………え、え? どうして?」


 リーフェはわけが分からず狼狽し、再度歌魔法を紡いだ。だが俺には何の効果もなく、乱戦の最中にコタロウを宝石の拳で退けた。


「こいつ、まさか歌魔法を無効化しているのか!!?」


 コタロウが焦りを見せるが宝石巨人の耐性に変化はない。リーフェの歌魔法が効いていないのは『無意識化で俺と絆の繋がりを感じている』からだ。きっと心の奥底で俺を敵と認識することができず、弱体化が機能していない。


 マルティアが負傷を装って動きを止めたため、歌魔法込みでも戦力差は縮まらなかった。そして三体二で戦い続けている内に転移魔法の準備が終わった。


(……感覚的には転移可能なのは、俺たち以外にもう一人)


 この空間内の者ならば指定できる。リーフェを強引に転移させ、エルフの国を探しながら記憶が戻るよう働きかけることも可能というわけだ。


 しかしリーフェにはリーフェの、歌姫として築いてきた立場がある。それを一方的に奪うことはできないし、リーフェとコタロウの対応はマルティアに任せた。俺がすべきことは仲間を連れて無事この場を去る。ただそれだけだ。


(…………分かっている。でも)


 たった一つ、どうしても伝えたいことがあった。

 俺は念話魔法を発動し、転移を進めつつ声を届けた。


『リーフェ、必ずまた会おう。話したいことが山ほどあるんだ』

『……あなたは、キメラさん? 私を知っているの?』

『よく知っている。俺はリーフェの使い魔、クーだからな』

『クー? クー……って』


 何か思い出しそうな雰囲気があった。でももう時間切れだ。

 俺はこぼれそうな涙を抑え、心からの親しみを込めて『またな』と言った。転移魔法によって身体が光に包まれ、リーフェの姿が見えなくなった。


『――――さぁ行くぞ。始まりの地、アルマーノ大森林へ!』

 その宣言と同時、俺たちは次の目的地へ旅立った。

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