第100話『宝石の巨人』
宝石巨人は深紅に煌めく右腕を振り上げた。棍棒のように丸まっていた先端部は人間を模した五本指となり、ものの数秒で面積が三倍にまで広がる。低い天井を削りながら手が動き出し、俺たち全員を潰そうと落ちてきた。
『―――来るぞ!』
俺はイルンを片腕に抱え、エンリーテと共に後退した。宝石巨人の手は何も捉えず足場へと落ちるが、衝突に合わせて宝石の破片が飛散した。
破片は一つ一つが刃物のようで、人肌程度簡単に切り裂ける。俺はイルンを背の後ろに隠して守り、両腕で顔を覆って破片の連撃を受けた。
『攻撃が止んだ。行くぞ!!』
エンリーテは宝石巨人に接近し、足を狙って白刃を振るう。だが宝石の体表はあまりにも硬く厚く、傷が薄くしか入らない。追撃として岩石巨人の腕を巨大化させて殴るが、これも大したダメージにはならなかった。
「――――ィィィィ、ィィィィ――――」
宝石巨人はズシンズシンと歩いて狙いを定め、腕を水平にして薙ぎ払いの姿勢を取る。俺はイルンの前に立って身構え、身体強化魔法を最大発動した。衝突で身体が大きく押されるが、足場から落ちずに耐えきった。
「クー師匠、準備完了です!」
『あぁ、思いっきりぶっ放してやれ!!』
渾身の力でしがみついて宝石巨人の動きを封じた。イルンは照準を定めながら足場が広い反対側に移動していき、水弾と水球を一斉発射した。エンリーテは射線に巻き込まれない位置に移動し、腰を溜めて剣を抜き放った。
「さて、どれほどの強度か試させていただこう」
ヒュィンという風音に合わせ、刃の残光が空を走る。エンリーテが放った飛ぶ斬撃で宝石巨人の胴体が深く割れ、耳障りな絶叫が鳴り響く。
明確な痛手を負わせたことに歓喜するが、そう甘くなかった。赤と青だけだった宝石の色に『白』が足され、飛ぶ斬撃を無効し始めたのだ。
(……これがマルティアの言っていた宝石巨人の『属性適応能力』か)
これまで水明の迷宮が攻略されなかったのはこの力のせいだ。物理攻撃は持ち前の硬さで耐えられ、魔法は理不尽な耐性で封殺される。
一人で倒すのはまず不可能な相手であり、人数を増やすと足場の狭さが障害になる。広範囲の攻撃を回避できなくなり、落下した者は濁流のごとく渦巻く水に呑まれて死ぬ。神代の迷宮の主にふさわしい実力だ。
『俺が攻略の糸口を掴む! 二人は攻撃を避けつつ注意を引いてくれ!』
俺は宝石巨人の背後に回り、ワーウルフリザードの身体を変身させた。
右腕と左腕に黒鱗のワイバーンと二角銀狼、右肩と左肩に砲弾亀と雷鳴鰻、首元には八又蛇を配置した。そしてすべての発射口を前面に向け、全力全開の属性魔法攻撃を浴びせてやった。
宝石巨人の色は乱雑に変化し、赤に青に白に緑に黄と派手な配色となる。手持ちすべての魔法属性に適応したかと思うが、土魔法を示す色だけがなかった。試しに岩砲弾だけ撃つと赤色の部分が茶色に変化した。マルティアの読み通りだ。
『――――魔法の最大適応数は五つ! 青色が消えたらイルンが、白色が消えたらエンリーテが、その他の属性は俺が対応する!』
業火を放つと宝石巨人はグラつき、宝石の一部を白色から赤色に変えた。すかさずエンリーテが魔力を溜めた斬撃をお見舞いし、宝石巨人の腕を切り落とす。乱戦の最中に青色が消え、イルンの大型水球が五つ着弾した。
「――――ィィィ!!? ィィィィィィィィ!!!?」
絶対の防御を突破された宝石巨人は暴れ狂う。俺は手持ちの属性すべてを使った射撃を行い、また白色を消してみせた。エンリーテは前傾の居合姿勢を取り、目にも止まらぬ速さで駆け、魔力を込めた神速の一閃で宝石巨人を斜めに割った。
宝石巨人は肉体を再構成するが、体積は半分ほどにしかならなかった。
後は同じ要領で戦うだけで良く、時間を掛けて身を削っていった。
「――――ィィィィ……ィィィィ……ィィ――――」
縮小に合わせて鳴き声が小さくなった。往生際悪く宝石をとがらせて栗っぽい形態になるが、無駄なあがきだ。俺は岩石巨人の腕を巨大化させ、跳躍からの殴り潰しで針のむしろごと叩き潰してやった。
宝石片の中から転がってきたのは透明な水晶玉で、これだけ熱を持っていた。微かにだがィィィと音がなっており、宝石巨人の本体だと判断した。
(…………でもこれ、喰えるのか?)
恐る恐る二角銀狼の歯でかじった。感触はガリッでもパキッでもなく、グゥニにというものだ。固いんだか柔らかいんだか分からない感じで、味は無かった。胡坐をかいて水晶玉を完食すると、ステータスに変化があった。
宝石巨人
任意スキル 宝石生成・宝石変形・光魔法レベル3・擬態・空間認識
自動スキル 物理ダメージ減少(中)・属性適応能力(大)・発光能力(中)・戦力判定眼・復活
宝石関連のスキルや物理ダメージ減少、属性適応能力などは戦ったからおおよそ分かる。気になったのは『空間認識・戦力判定眼・復活』の三つだ。
右目に宝石巨人を配置すると目玉が水晶になった。早速イルンとエンリーテを見ると二人の身体が光っていた。イルンは薄く青く、エンリーテは白い輝きだ。戦力判定眼は光の強さで戦闘力を示していると分かった。
空間認識の方は『一定距離にいる生物の位置が分かる』というものだった。目を閉じた状態でも発動し、死角にいる相手の位置がおおよそ分かる。範囲は二十メートルほどと短いが、戦闘では有用なスキルだ。
(…………復活は単語通りの力でいいのか? 不意打ちで死んだ時とかに発動するなら嬉しいが、宝石巨人は復活しなかった。どういうことだ?)
正確な発動条件が知りたかった。けどそれだけのために死に、復活しなければお終いである。現状は無い物として扱う必要があった。思考を切り替えて転移の準備を進めていると、橋の向こう側で虹色の光が煌めいた。
「――――そこまでだ! 全員動くな!」
走り込んできたのは勇者コタロウだった。両脇には武器を持ったマルティアとココナがおり、その奥にはリーフェの姿があった。
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