第99話『青の贈り物』

 

 最奥の間は道中にあった滝の間と似た構造だった。俺はワーウルフリザードの姿で長い橋を歩き、嗅覚と聴覚を十全に使って警戒を行った。


(……天井の高さは大体七メートル前後か。部屋の横幅もそこまで広くないし、キメラギドラの姿で戦うのは難しそうだな)


 右目に八又蛇の目玉を配置し、暗視スキルで部屋の構造を把握する。一度身を乗り出して滝つぼを見ると、鉄砲水のごとく荒れ狂う水が見えた。

 橋の基礎部分には苔がついているため、登ろうとすれば確実に滑る。翼で飛ぼうにも滝の水が上昇を阻害するため、落ちてしまえば復帰は不可能だ。


「…………これは厄介そうだな」


 橋の終着点には円柱状の足場があった。平面の幅は十五メートル程度と手狭な面積で、中心には色とりどりに光る宝石が置かれている。ここまでたどり着いた冒険者を歓迎するような配置だが、あれは罠だとマルティアから忠告されている。


「何の動きもありませんね。本当に魔物なんでしょうか」

『初めて見たら騙されるよな。どう見てもただの宝石だ』


 後ろにいるイルンと一緒に宝石の山を見つめた。一度離れた距離から瓦礫片を投げるが、宝石は微動だにせず留まっている。動く様子は無さそうだ。


「ちょっと一人で奥に行ってくる。二人はここで待っていてくれ」

「クー師匠、お気をつけて」

「討伐隊が来たら教えよう。安心して作業を進めるがいい」


 二人に送り出され、円柱状の足場の外周を回って奥に行った。宝石の山の中から視線のようなものを感じるが、襲い掛かられることなく目的地に着けた。


 見つけたのは神代の文字が刻まれている石板で、あちこちに『点』が配置されていた。自分の中にある転移魔法らしき術式の波動を送り込むと、点の一つが青く光った。これで座標の登録が済んだかと思うと、頭の中にノイズが走った。


「――――っ!!?」


 視界のブレに驚くのも束の間、今度は周囲の景色が遅くなった。

 混乱系の魔法でも受けたのかと焦ると、背後に人の気配を感じた。


『…………へぇ、もうここまで来たんだね。やっぱり君は凄いキメラだ』


 耳元で聞こえたのは『青の勇者』の声だ。とっさに音の方に振り返ろうとするが、周囲の景色と同じく俺の動きは遅くなっていた。


『どうも遺跡と繋がった時だけ意識を浮上させられるみたいだね。ボクは残留思念だから直接の干渉はできないけど、鍵を開ける手助けはできる』

『か、ぎ?』

『うん、鍵だ。具体的に言うと性能が落ちているボクの魔法をより使えるようにできる。今なら君の魔力波長が分かるからね、調整と調律は可能さ』


 その声が聞こえると同時、視界に半透明な腕が映った。青の勇者の指先は額から胸へと移動し、本体の球体がある位置で止まった。聞き取れないほど小さな声で詠唱が紡がれたかと思うと、身体の奥底で魔力が強く渦巻いた。


 今まで青の勇者の魔法を使う時は荒れ狂う海の上で船を漕ぐ感覚があった。でも調整と調律とやらのおかげで波の揺れが少し治まってくれた。


『これで良し。次もこんな機会があるかは分からないから、贈り物をしておいたよ。便利な力を一つ、攻撃魔法を一つ、君なら使いこなせると思う』

「ま、て」

『この時代のボクに優しくしてくれてありがとう。せっかくだから使用している転移魔法におまけを付け足しておいたよ。上手く利用して欲しいな』


 相変わらず顔が見えなかったが、微笑んでくれた気がした。元の歴史で白の勇者だったアレスを取り込んだことを謝りたかったが、声が出なかった。

 遅くなっていた時間が元に戻り、青の勇者の気配も消えて無くなった。俺は呆然としながら尻もちをつき、目元を擦って眼前の石板を見つめた。


「…………あれ、これって」


 一箇所だけだったはずの光る点が二つに増えていた。試しに石板に触れてみると、ここじゃない場所の情景が脳裏に浮かび上がった。


 そこは雄大な自然がある地、アルマーノ大森林だった。どうやってか青の勇者は時の牢獄がある遺跡とここを接続したらしく、転移が可能となった。これ以上ない手助けに喜ぶのも束の間、ふいに叫びが聞こえた。


「――――クー師匠! 避けて下さい!!」


 イルンの呼びかけを受け、反射で横に跳んだ。紙一重のタイミングで落ちてきたのは宝石の塊で、転移座標の石板近くの床が割れて崩れた。

 現れたのは全長六メートルほどある宝石の塊だった。俺に攻撃を加えた一部分だけが腕のように伸び、ゆっくりと塊の中に収納されていった。


「――――ィィィィ、ィィィィィィ――――」


 鳴き声か宝石が擦れる音か、最奥の間一帯に異音が鳴り響く。宝石の塊はギャリギャリと回転し、次いでガキガキと変形を始める。さらにさらにと変形を続けていき、『宝石の巨人』ともいうべき見た目の魔物の姿と変貌する。


 歩行能力が低そうな短い脚と、厚く広く盛り上がった上半身が異彩を放つ。宝石の色は赤と青の二色に変わっており、身体の左右で半々に分かれている。宝石全体からは怪しげな光が発せられ、最奥の間が明るく照らされた。


宝石巨人(特異個体)

攻撃A+ 魔攻撃C

防御S  魔防御S

敏捷D  魔力量A


 かつてマルティアも戦い、重装魔導甲冑をもってしても撤退を余儀なくされた。敗因はこいつが持つ鉄壁の防御と、内に秘めた『ある能力』のせいだ。


 俺は二人の元に移動し、戦闘の構えを取った。転移魔法の使用には魔力だけじゃなく精神の安定も重要だと分かるため、無視はできない。もし肉体を捕食できれば多大な戦力増強が見込めるため、この場の戦いには大いに意味があった。


『――――こいつ倒せば目的地だ。討伐隊が来る前に終わらせようぜ!』


 俺は岩石巨人の片手と蜥蜴男の片手を打ち合わせた。イルンは水弾と水球を同時展開し、エンリーテも剣を鞘から抜く。ボス戦の始まりだ。

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