第98話『滝の間』

 俺たちは再会を誓ってマルティアと別れた。

 これから編成されるであろうキメラ討伐隊への対処、記憶喪失とみられるリーフェとの接触等々、すべてマルティアじゃなければ達成不可能な要件だ。


「クー師匠、マルティアさん地上に着きましたかね」

『そろそろだな。マルティアなら上手くやってくれるさ』


 地上に意識を向けて弾んでいると、道中に積み上がっていた瓦礫にぶつかった。エンリーテは転がった俺を掴み、目線の高さに持ち上げて言った。


「今一度気を引き締めるべきだ。注意の散漫さは他の者も危機に巻き込むぞ」

『分かっています。すいません、情けないところ見せて』

「それとわたしに敬語を使うのはやめたまえ。ここは我らが知っていた時代ではなく、互いの立場は一緒だ。同じ目線でものを言うべきだ」

『分かりまし……分かった。……何かこれ変な感じですね』


 しばらくは騎士団に所属していたころの癖が抜けそうになかった。

 言い方についてはおいおい慣れることにし、暗い通路を進んでいった。

 少しするとカラッカラッという音がし、エンリーテの歩みが止まった。音の発生源はエンリーテが装着している魔導具の義足で、末端が地面に当たっていた。


『その足、不具合か何か起きたんですか?』

「一度最大出力で稼働させると調子が悪くなる。装着した当初はこんな不具合はなかったから、旅の途中で故障したと思われる」

『……町の魔導具屋さんとかで直せないんですか?』

「いくつかの店を回ったが空振りでな。とある魔導具店の店主は作った本人にしか修理不能だと言われてしまった。困ったものだ」


 外側から見る分には傷も少なく綺麗だった。どことなくSF映画を思わせるフォルムが格好良く、上から下へと見た。そしてはてと疑問符を浮かべた。


(……あれ、これどっかで見た気がするな)


 魔法世界に来てからではない。もっと前の……と思い返して閃いた。

 エンリーテの義足の形状は緑の勇者が作ったという『自動人形』の腕や足パーツと酷似していたのだ。確かリーフェは「大元の自動人形が魔法全盛時代に作られた」と言っていた。ならこの義足は自動人形の開発者が作成した品かと思った。


(……飛行船だの自動人形だの、改めて凄い時代だな)

 

 そんな感想を抱いていると義足の調子が回復し、移動を再開した。

 俺たちは出口を探して上に向かうのではなく、さらにさらにと下へ降りていった。下層に行けば逃げ場がなくなるだけだが、ちゃんと進む意味はあった。


『――――やっぱり奥に行けば行くほど感覚が高まってます。マルティアが言った通り、最奥の間に行けば転移魔法が発動できそうです』


 水明の迷宮に入ってから青の勇者の力が反応していた。まるで窮地に立たされた俺たちを救おうとしてくれているようであり、彼女の遺志に頼ると決めた。


「クー師匠。転移魔法を使うには別の遺跡の座標も登録しなきゃいけないって話ですけど、他の遺跡の登録は済んでいるんですか?」

『いや、まだどこもしてない。ただ水明の迷宮の座標登録さえすれば、その周辺地域の転移は可能になるそうだ。マルティアから聞いた』

「つまり地下から地上に飛び出して逃げることも可能なんですね」

『そういうことになるな。その分魔力の消費も凄いって話だが……』


 アレスの肉体に変身できない俺に使用できる魔法なのか、それなりに不安だ。ちゃんと成功すれば討伐隊は俺たちを完全に見失うことになる。後は黒鱗のワイバーンにでもなってアルマーノ大森林に飛べばいいだけだ。


(…………『時の牢獄があった遺跡』を見つけて座標を登録する。それが済めば水明の迷宮からマルティアを呼び出せる。合流は難しくない)


 幸い調査機基地付近にあった巨大な魔除けの魔石の形状と遺跡の入口付近の環境臭は覚えている。遺跡の入口への到達は簡単なはずだ。そう期待した。


 狭い通路を抜けた先にあったのは四角く奥行きがある空間で、天井も壁も精巧な石造りとなっていた。向かい側の壁までは長い橋が伸びており、両脇の壁からは滝が連なって噴き出していた。いかにも水の迷宮っぽい風情があった。


「……これ、町の周辺の川の水が流れ込んでいるのか」

「不思議です。こんなに水があっても水没しないんですね」

「そういえばそうだな。どこかで地上に折り返す機構があるのかもな」


 橋は丈夫な造りになっており、三人で並んで歩ける広さがあった。

 罠がないか確認しつつ先に行くと、進行を阻むように魔物が現れた。


 一体目はカブトムシ型の魔物で、突き出た角が刃物のように鋭い。サイズは二十センチほどと大きくはないが、この暗さで好きに飛び回られたら厄介だ。

 二体目はウナギっぽい見た目の魔物であり、頭を起こして威嚇してきた。よく見ると体表には青い電気がほとばしっており、安易な接近戦は危険そうだ。


「クー師匠、マルティアさんの話では別の道もあるそうですが……」

 イルンが回り道も手だと言うが、俺とエンリーテは否定した。


『久しぶりに取り込みがいがありそうだ。準備運動にもちょうどいい』

「ふっ、わたしも少々暇をしていた。我ら三人の実力を確かめるとしよう」

『じゃあ俺は落ちた死骸を喰い逃さないように虫の方を』

「ならわたしはあの魚類を始末するとしよう」


 ウキウキ顔で話す俺たちを見てイルンが困った。「ボク、マルティアさんみたいにできるでしょうか」と言い、水マシンガンの発射体勢に入った。

 

「――――直射で十秒行きます。巻き込まれないように気をつけて下さい!」

 合図と同時に大量の水弾が放たれ、辺りには水しぶきが舞った。


 エンリーテは義足に魔力を送り、瞬足でウナギ型魔物に迫った。ウナギ型魔物は体表に電撃を纏って防御するが、飛ぶ斬撃で首を切り落とされた。

 俺はワーウルフリザードになって両肩から岩砲弾を撃ち、カブトムシ型の動きを止めた。想定より甲殻が硬かったが、岩石巨人の手で捕まえて潰した。

 

刃兜虫  任意スキル 加速飛行・切断力向上  自動スキル 水魔法耐性(弱)・防御力上昇(小)

雷鳴鰻  任意スキル 電気魔法レベル3 自動スキル 物理耐性(弱)・水魔法耐性(中)


 どちらも眷属召喚で呼び出せる強さの魔物だった。手短に使用感を試し、転移を行うために水明の迷宮の奥地へと潜っていった。

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