第97話『強力な助っ人』※勇者コタロウ視点

 …………素性の知れぬキメラと黒衣の剣士が水明の迷宮へ逃げ込んだ。

 町には魔物の出現警報が出され、住民たちは家にこもった。冒険者組合の二階にある客室から閑散とした町並みを眺めていると、棚の上に置いた箱型の魔導具から声がした。


『――――こちら宰相のレイス・ローレイルです。勇者コタロウ、応答を』


 箱型の魔導具には遠く離れていても声を届けられる機能がある。レイスは定時報告として無事タラノスに到着したか聞いてきた。オレは大通りで盛大な歓迎を受けたこと伝え、最後にキメラを取り逃してしまったことを告げた。


『……町中で人型のキメラが出たと、それは妙ですね』

「かなりの知恵を持っているようでしたので、髪色以外にも人混みに紛れる術を持っているかと。念のためですが灰色の髪の若い男でした」

『…………灰色で若い、なるほど。しかしこれは困ったものです』

「はい。勇者の称号を賜ったのに、こんな数日で泥を塗ってしまいました」


 勇者は魔物を倒して人々の希望になる存在だ。なのにあんな大衆の面前で敗北してしまっては名折れ、国としてのメンツにも関わってくる。罪状を告げられる罪人の気持ちで沙汰を待つと、レイスは疲れを含んだ声で言った。


『……失態、ではあります。ただこれで称号はく奪ともいきません。勇者コタロウには民への信頼回復を、具体的にはキメラの討伐をお願いします』


 達成すれば失態を上手くもみ消してくれるそうだ。元より水明の迷宮には出向く予定だったので、渡りに船な提案だと喜んだ。即答でキメラの討伐を了承すると、レイスが「それともう一つ」と言った。


『可能であればですが、キメラの死骸は回収して下さい』

「死骸を回収?」

『各地で暴れるキメラの目的を探るため、人の意思を発現させたキメラが欲しいのです。本当は生け捕りが好ましいですが、そこまでは望みません』


 もし生け捕りに成功すれば汚名返上ができそうだ。面倒を見てくれているレイスへの恩返しにもなるため、あのキメラを捕獲すると心に決めた。


 魔導具の通話が終わり次第客室から出ると、下から騒がしい声がした。

 階段を下りた先にはたくさんの冒険者がいて、雄々しい声が聞こえてきた。


「――――これより我が冒険者組合は部隊を編成して水明の迷宮に潜る! 討伐目標は人型のキメラと黒衣の剣士だ! 各位、十分に警戒されたし!」


 壇上に立って檄を飛ばすのは老齢な組合長だ。広間の最前列にいるのは腕に覚えがある上位の冒険者たちで、皆頼りがいのある顔立ちをしている。


「キメラを狩れば金貨がたんまりもらえんだろ。悪くないぜ」

「人型キメラは前に一度戦ってる。俺に任せな!」

「仲間の黒衣の剣士とやらに警戒すれば十分だろ。楽勝楽勝」


 突入部隊は四班構成の総勢十二名、下位の冒険者は井戸などの入口を監視してくれる。十分な戦力と言いたいが、あのキメラには他にも仲間がいたという情報がある。ただ一人として失わぬよう細心の注意を払って挑むべきだ。


(……オレは勇者だ。皆を守って完全な勝利を手にしてみせる)

 焦燥感に駆られて奥歯を噛みしめ、時が来ないかと待ちわびた。


 作戦説明が終わると広間には武器や探索道具類が並べられた。何か入用な物はないかと物色していると、奥の方からギルド長が歩いてきた。改めてキメラ討伐作戦に関する説明がなされ、流れである人物を紹介された。


「――――こちらは町にいる冒険者の中で一番のつわもの、最上位冒険者のマルティアである。本人たっての希望でな、勇者コタロウ殿の討伐隊に志願した」


 マルティアはとても綺麗で大人びた雰囲気を纏った女性だ。青と紫の中間色ともいえる藤色の髪が美しく、仕草一つ取っても気品がある。貴族的な縦巻きロールの髪が印象強く、高貴な血筋の者ではないかと思った。


「あなたが勇者コタロウ様ですか。お噂はかねがね」

「えっと、初めまして……」

「迷宮内では遺憾なく力を発揮する所存ですので、どうかよろしくお願いしますわ」

「こっこちらこそ、よろしくお願いします」


 握手を求められたのですぐ応じた。討伐隊への参加は嬉しい限りであり、断る理由がどこにもなかった。まだ時間があるので迷宮内での戦闘方法についての話をしていると、別の用事をしていたココナが戻ってきた。


「コタロウ、馬車護衛班は町の防衛に回して…………っ!?」


 ココナは入口付近で固まり、手に持っていた羊皮紙を落とした。マルティアは余裕のある笑みで近寄り、落ちた紙を拾ってココナに渡した。一瞬耳元に顔を寄せるのが見えたが、三秒もせず二人の距離が離れた。


「ではよろしくお願いしますわね。騎士ココナさん」

「……はい。……おおせのままに」

「ふふっ、お堅い返事ですわよ。もっと気楽にして下さいまし」


 ココナはガチガチに緊張して萎縮していた。記憶喪失のリーフェと再会してからずっとこんな調子だが、あのキメラと戦ってからより酷くなった。不調なら討伐隊から外れさせるべきかと思っていると、マルティアが先に口を開いた。


「時に勇者コタロウ様、わたくしから提案があります」

「提案?」

「あのキメラと剣士はかなりの強敵ですわ。万が一にも死者が出ないようにするため、勇者コタロウの討伐隊にあと一人戦力を足すべきと進言します」


 オレとココナとマルティアがいれば十分な気もしたが、実戦経験はマルティアの方が上だ。「誰か戦力の宛はあるのですか?」と問うと、マルティアは口角を上げた。そして選択肢にすら入っていなかった人物を告げた。


「――――わたくしは歌姫リーフェの参戦を希望しますわ。彼女の歌声があれば勝利は確実となるでしょう。どうでしょうか、勇者コタロウ様」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る