第96話『先に進むための話』

 俺たちは水明の迷宮に潜り、落ち着いて話ができる場所を探した。見つけたのは三階層分降りた場所にあった一室で、石造りの長机が扇状に並んでいた。


『……講義室みたいだな。大昔の人はここに集まっていたのか』

「かもしれませんわね。神代のことなので正しい用途は不明ですが」

『何か目ぼしい物は……っと、机の上に黒い板があるな』


 見つけたのは厚みのある板で、球体の口で噛んで持ち上げた。魔力を通すと文字が浮かぶが、それ以上の変化はなく黒い板に戻った。マルティアいわくこの板は情報をまとめる書類的な用途の魔導具なのだとか。


「その魔導具は『歴史の断片』と呼ばれていますわ。各地の遺跡で多数発見されてますが、完全に起動する物が少ないため価値は低いです」

『これは文字が三つ浮かぶだけだし外れか。でも動くこと自体が凄いな』

「まさに神の御業と言えますわね。この時代の魔導具でも数百年が限度ですし」

『今からさらに数千年前、想像もできない世界だな』


 俺がいた国なら縄文時代後期から弥生時代辺りだろうか。超上的とも言える栄華が何故失われたのか考えた時、時の牢獄があった遺跡の壁画を思い出した。


(……あそこには魔物と人々の戦いが描かれていた。ある日強力な魔物が現れて戦いが起き、今に続く文明後退が起きたのかもしれない。壁画の魔物はキメラっぽかったが、もしやあいつが白いキメラなのか?)


 それならそれで何故俺をキメラにしたのか。深く考えてこなかったが妙だ。

 神ほどの力があるなら人として転生させるのもわけないはずだし、嫌がらせで魔物にするならもっと弱い奴でいい。自らの箱庭に『際限なく強くなれるキメラ』を解き放つ理由がある気がした。


(…………いずれ復活する白いキメラを倒せる存在になって欲しかったのか? だとしてもあんな数か月前じゃ何もできない。意図が分からないな)


 口に咥えていたままだった黒い板を置き、先送りになっていた話し合いを始めることにした。マルティアは照明代わりとして渋い顔の金ポメを机に置き、それを囲むようにしてそれぞれ移動した。俺はイルンの隣に弾んでいった。


「クー師匠、まだ人の姿に戻れそうにないんですか?」

『元々欠損が酷い部位は再生に時間が掛かるんだが、今回は長いな。身体の中から消え去ったわけじゃなさそうだし、数日で使えると思う』

「……クー師匠をこんな風にした勇者、ボクは許せません」

『まぁ、あの場では間違った判断じゃない。あくまで俺は魔物だからな』


 無抵抗な俺を一方的に殺そうとしたことには苛立つが、勇者コタロウにも立場がある。飛び出した俺にも非はあるし、仕方のないことと割り切った。


(……でもリーフェに危害を加えることがあったら許さん)


 湧き立つ感情を抑えつつ議論すべき内容を口にした。まずは偽名を名乗って登場したエンリーテについてだ。マルティアが「わたくしたちをどう見つけたのですか?」と問うと、ここで知っている名が出た。


「きっかけは行商団のハリンソという人物です。たまたま立ち寄った村で『魔物使いのクー』の名を聞き、タラノス方面に行くという話を聞きました」

「ハリンソ……、確かワイバーン討伐の功労者でしたわね」

『あぁ、こっちに来てからイルンと一緒に会った行商人だ。別れの前にタラノスへ行くって話を一度したんだけど、ちゃんと覚えてくれていたんだな』


 旅での出会いと親交が縁を繋いでくれた。あそこでエンリーテが現れてくれなかったら、俺はコタロウに討たれていたはずだ。また会ったら感謝したかった。

 俺は三百年後の話を聞こうとし、一度イルンを見た。

 ずっと詳細を伏せてきたが、もう必要な部分を教える時が来た。


『……エンリーテから話を聞く前に、イルンへ言っておきたいことがある』

「はい。何でも聞きます。言って下さい」

『俺とマルティアとエンリーテは魔物災害によって滅んだ未来から来た。エルフの国の行く末が分かるのは、その歴史を知っているからだ』

「クー師匠たちが未来から? それはどういう……」


 さすがのイルンでも理解しきれなかった。

 俺はマルティアと一緒に三百年後の世界を説明し、記憶にある出来事を伝えていった。青の勇者に関してだけは『偉人級の魔法使い』とし、それ以外は包み隠さず教えた。返ってきたのは長い沈黙だった。


『すぐに理解しなくてもいい。でもそういうことがあったと覚えていて欲しい』

「…………分かりました。でもお時間をもらってもいいですか?」

『気になることがあったら言ってくれ。答えられる内容なら答えるから』


 無言で頷くイルンを横目にし、エンリーテの話題に戻った。

 質問したのはエンリーテ自身はどうやってこの時代に来たのか、その片腕片足の欠損はどうしたのか、転移前の世界で何を見たのか、以上三点についてだ。


「……危機に瀕していた時、白い人型の導きがあった。旗艦グレスト・グリーベンで魔物の大将と戦って敗北し、情けなくもこの怪我を負った」

『魔物の大将?』

「無機質な仮面を被った男性だ。節々を魔物の部位に変えていたところを見るに、キメラで間違いないだろう。あの者が世界情勢を操っていた影だと考える」

『……無機質な仮面のキメラ、ですか』

「仮面の男は我らが三百年前から間違えていたと言った。この時代に飛ばされたのは何かの吉兆だと考え、一年ほど前から各地を旅していた」


 エンリーテが外した仮面の下には酷い火傷があった。

 腕と足の怪我含め、生きているのが不思議なレベルだ。

 俺たち以外に未来の人間がいたか聞くが、見つからなかったと言われた。ガルナドル国は大体回ったそうで、イルブレス王国に渡るところだったとか。


『……生きてこっちにいそうなのは、ココナと一緒にいた調査基地のメンバーか。ココナが無事ならイルブレス王国にいるのか?』


 思い浮かぶのは固い性格の隊長、天真爛漫な双剣娘ミトラス、そのお目付け役の青年グロッサだ。隊長とミトラスは魔力持ちなのでどこでも生きていけそうだが、グロッサは別だ。人里以外の場所に転移されたら生存が危ぶまれる。


 ついでにエンリーテの義足について聞くと、転移直後に助けてくれた魔法使いから譲り受けたと語った。自分の足のように使える高性能な品だが、最近は動作がやや不安定だとか。旅をしつつ修繕方法を探していると言った。


「わたしの方はそんなものだ。他に話すべきはあの三人についてだろう」


 エンリーテが言う三人とはリーフェとココナとコタロウのことだ。交渉を諦めて先を急ぐのも手だが、あの魔物特攻の神剣は頼りになる。ここにリーフェの歌魔法と優秀な剣技を持つココナが加われば敵なしだ。どうにか戦力に加えたかった。

 何か良い手は……と考えた時、マルティアが口を開いた。


「一つだけ、全部が上手く行くかもしれない方法がありますわ」

『……そんなことが可能なのか?』

「えぇ、前々から考えてはいたのですが、手駒が足りなかったのです。ですがここにエンリーテがいるなら、無理なく実行に移せるはずです」


 その方法とは何か、そう問い返すと予想外の返事がきた。


「――――クー、イルン。心惜しいですが一時のお別れですわ」

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