第93話『耳に届く歌声』

 入場時のやり取りはすべて船上で行われ、無事に二重構造の水門を越えた。本当に髪色を誤魔化させているか不安だったが、特に怪しまれることはなかった。


 埋立地ということもあって路面は全部石造りで、立ち並ぶ建物も大部分が石材で造られている。水路を行き交う小舟の中には飲食を取り扱う屋台船があり、それを見下ろす形で釣り人がいて、上空には白い水鳥の群れが飛び交っている。


「……素敵な街並みだな。暮らすのも悪くなさそうだ」

 誰に言うでもない独り言だったが、船頭にいたゴードンが返事をした。


「ははっ、兄ちゃん見る目があるじゃねぇか。実際この町はガルナドルとイルブレスの両国から商品が集う。住民登録料は高いが、良い町だぜ」

「でも大雨で運河が洪水したら大変じゃないですか?」

「それがな、このタラノス周辺は常に水嵩が一定になんのよ。学者さんの話じゃ地下にある水明の迷宮が関係してるって話だぜ」

「……そんな機能が、面白い話ですね」


 その迷宮攻略をするためか、往来には若者がたくさんいた。戦術を語ったり新しい武器の感想を話し合ったり、賑やかな喧騒がそこかしこにある。

 俺たちは水路の一つを進み、町の中心地付近で下りた。木造船で去っていくゴードンを見送り、階段を登って道路に足を踏み入れた。その時だった。


「……クー師匠、もしかして具合が悪いんですか?」

 そう言ったのはイルンで、俺は額を手で押さえながら肯定した。


「…………あぁ、他と違って魔除けの魔石がちゃんと機能しているみたいだ。ここに来てから頭痛と身体の痛みが強まってて、正直キツイ」

「渡し船で港に戻りますか? 無理はしない方が……」

「いや、最低でも冒険者組合の用事は済ませておきたい。勇者コタロウの件はイルンとマルティアに任せることになると思う。悪いな」

「任せて下さい。やれるだけやってみます」


 話はマルティアも聞いており、冒険者組合への近道を案内してくれた。

 路地に大通りと急ぎ足で通過していき、止まることなく目的地に到着した。


 冒険者組合の建物は迷宮の目の前にあり、かなりの大きさだった。奥行は二十メートルほどで、横幅はその倍ある。外壁は白く屋根は水色で、正面玄関前には高名な冒険者か何かの銅像が建てられている。かなり金が掛かってそうだ。


「……凄いです。ここに来るのはもっと先になると思ってました」

「そういえばハリンソの護衛がイルンの初仕事だったな。ここまで連れてきて言うのも何だけど、実家には声を掛けなくて良かったのか?」

「あっ、それはいいんです。冒険者たるもの、故郷には手柄を立てるまで帰らない。ボクの兄もそうでしたので、父も母もすぐ帰るとは思ってないはずです」

「………そんなもんか。まぁこっちにはこっちの常識があるよな」


 とはいえ会えるなら会いたいはずだ。何か用事があれば立ち寄りたいが、イルンの故郷はガルナドルの端にある。一応帝国が近くにあるのでその道すがらとは思うが、いつ立ち寄る機会があるか分からなかった。


(……遺跡から遺跡へ飛べる転移魔法が使えればいいんだけどな。俺の中には青の勇者の力が備わっているし、どうにか使えないもんか)


 今のところそういった気配や感覚はない。マルティアの話では遺跡内にある特定の魔導具に触れて座標を登録すればいいそうだが、俺自身が転移魔法を使うことができなければ意味がない。正直なところ発動は望み薄だ。


「…………っ、何にせよこの痛みはきついな。早く用事を済ませるか」

 俺はなるべく平静を心掛け、冒険者組合の建物へと入った。



 受付がある広間には人がそこかしこにひしめき合っていた。

 周囲の視線を集めるほど巨大な掲示板に加え、食堂兼酒場に魔物の素材売買所と様々な施設がある。探索で使う道具や魔導具を売っている店も数箇所あり、豊富な品揃えだ。横のイルンはそわそわした様子で中を眺めていた。


「受付の待ち時間があるだろうし、見てきてもいいんじゃないか」

「そ、そうですね。では少しだけ行ってきます!」

「俺は……っと、呼び出しがあるまで適当なところで休んでるか」


 動かなければ多少マシなため、入口付近の壁に寄りかかった。気怠さを感じながら辺りを見回していると、マルティアが職員に声を掛けているのが見えた。顔見知りらしく賑やかなやり取りがあり、職員だけが奥に引っ込んでいった。


「ではクー、わたくしは組合長に会ってきますわ」

「組合長? 冒険者登録をするだけなのにずいぶんな大物だな」

「町に来た挨拶と、いくつかの話し合いがありますので。登録を介さない試験をする関係上、どうしてもやり取りに時間が掛かってしまいます」

「そうか、俺はここでイルンと待てばいいんだな」


 マルティアは「それで構いませんわ」と言って去っていった。

 完全に一人となったのは久方ぶりで、天井を見上げてひと息ついた。


 休みながら冒険者組合の景色を眺めていると、あちこちでザワリと声がした。聞こえてきたのは「イルブレス王国の勇者が町に着いた」という話で、三割近い冒険者がぞろぞろと外に出ていった。かなりの注目具合だ。


(……思ったより早かったな。これなら順調な予定が組めそうだ)


 二人が戻るまで勇者コタロウがどんな人物か、エルフの国を救うためにどういった説得をするべきか、色んな想像を巡らせた。


 五分ほど経つとさらに二割ほどの冒険者が外に行き、組合内は静かになった。イルンは道具屋の支払い列に並んでおり、もう少し掛かりそうだった。一度目を閉じて休もうかと考えていると、その『歌』が耳に届いた。


「……………………え?」


 声はどこか悲し気で、それでいて力強く、聞けば聞くほど痛みが和らぐ。

 この歌を紡ぐ者は誰か。そう考えた瞬間、俺は外へ走り出していた。

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