第92話『いざタラノスへ』
朝には雨が上がり、俺たちはタラノスへの旅を再開した。
岩地を進んでいくと草木が見え始め、さらに歩くと道沿いに滝と小川が現れた。あちこちに虫や動物の姿も見え、新天地に来た気分になった。
高台となっている岩に駆け登ると、先の景色に運河が見えた。上流からは船が数隻移動し、途中で動きを止める。そこには川の中央の小島に建てられた町、大量の船の出入りで活気づくタラノスの姿があった。
「――――コルニスタを出てから二日か、やっと見えたな」
町は丸い形状をしており、細い水路があちこち張り巡らされている。異世界情緒溢れる水の都といった景観だ。
「マルティア、あの町は何であんな場所にあるんだ?」
「元々あそこには神代の遺跡『水明の迷宮』がありました。そこを攻略しようと集まった人々が土地を埋め立てて広げ、長い年月で町ができた経緯があります」
「……ならあの城みたいな建物が迷宮とやらか」
「そうですわね。最下層に到達した冒険者はこれまで数名いましたが、最奥の間を守る魔物に皆敗北しているそうです。未踏破の遺跡ですわ」
神代の建造物には強力な魔導具や高性能な魔石が眠っており、冒険者はそれを求めて探索を繰り返す。魔物を狩るよりもよほど利点が多く、迷宮がある町は攻略を目指す若者たちで賑わうのだそうだ。
「……地図で見たけど、あの運河ってガルナドル国とイルブレス王国の国境だよな。タラノスはどっちの国に属しているんだ?」
「名目上はガルナドル国ですわね。ですがガルナドル国とイルブレス王国は同盟関係であり、あの町は共同運営となっています」
町は関所としても機能しているそうだ。一応川を自力で渡る手はあるが、特殊な水流や魔物の縄張りなどがあるので推奨されないとか。
俺は高台の岩から跳び降り、二角銀狼となってイルンを背に乗せた。マルティアも黄金の獅子の背に乗り、山を一気に下っていった。
「川沿いにいけば早くイルブレス王国に着くけど、今は後だな。イルンの目のことがあるから、すぐに行きたいのは山々なんだが……」
「クー師匠が贈ってくれた眼帯がありますし、後回しで構いません。むしろボクなんかのためにエルフの国に行くのが遅れる方がダメです」
「せめて勇者コタロウが現れる正確な日が分かればな」
「焦る必要はないです。ちゃんと優先順位通りに解決しましょう」
昼前には山の麓に着き、休憩を挟まずに街道を進んでいった。
「……通り雨ですね。マルティアさんは大丈夫ですか?」
「わたくしは魔導具でどうとでもなります。イルンの方こそ濡れて寒いのでは?」
「ボクは水の魔法使いなので、この程度何ともないです」
「頼もしいですわね。ではこのままタラノスに行きましょうか」
二人の会話には親しみがあった。昨夜は見張りをしていたのでどんなやり取りをしていたのか知らないが、だいぶ仲良くなれて良かった。
そうして運河に到着し、三人で渡し船がある港に向かった。念を入れて人型キメラの特徴である白い髪を布で隠そうとするが、マルティアが待ったを掛けた。
「クー、これを使うといいですわ」
手渡されたのはイヤリング型の魔導具だ。『使用者の髪色を別の色に誤認させる』効果を持った魔導具らしく、詳細な使い方も教えてもらった。
「ミルゴが少年に化けていた時に使っていたものですわ。それがあればクーの髪を隠さなくてもよくなります。お好きに使って下さい」
「髪色……髪色か、これでどうだ?」
「問題なく灰色に変わっていますわね。イルンはどうですか?」
「ボクから見てもちゃんと変わっています。面白い魔導具ですね」
灰色を選んだのは人の姿の元となったアレスを想像したからだ。
二人からの心象も悪くなく、今後も町に入る時はこの髪色と決めた。
早速と渡し船の乗り場へ向かうが、人でごった返していた。だいぶ待ちぼうけをくらいそうな雰囲気があったが、マルティアはそこを通り過ぎた。
向かった先は港の端で、そこには中年の男性漁師がいた。頭に細くねじった布を巻いており、いかにも海の男といった風貌をしている。マルティアが挨拶すると漁師は顔を上げ、一度額の汗をこすってから「おっ!」と声を上げた。
「おめっ、マルティアか! 久しぶりだな!!」
「えぇ、しばらくぶりです。ゴードンさん」
二人は冒険者組合の依頼で知り合い、運河に潜む魔物をマルティアが退治したそうだ。以来ここに立ち寄る時はゴードンの船を借りているらしく、今回もタラノス行きの船に乗せてもらいたいとお願いしていた。
「おうよ、任せな。タラノスには今から行くところだったから構わないぜ」
「魔物被害はその後どうでしょうか?」
「がはははっ、依頼するほどのもんはないぜ! タラノスに滞在するなら他の漁師仲間も招いて歓迎の飲み会でもしたいんだが、どうだ?」
「参加したいのは山々ですが、今回は遠慮しますわ」
ゴードンは「じゃあ仕方ねぇな!」と割り切り、すぐ船に移った。
渡し船に乗る料金は俺とイルン含めただで良いらしく、入港のさいには漁師仲間限定の入場税を適応できるよう門番に掛け合ってくれると豪語した。
「……至れり尽くせりだな。普通に入ろうとしたらいくら掛かるんだ?」
「日や荷物の量によってブレはありますが、およそ銀貨二枚ですわね。ただこれは渡し船だけの話ですので、タラノスに入る時は別途銀貨三枚を要求されます」
「……関所とはいえ、町に入るだけで数日分の金が飛ぶのか」
「ですのでこういう関係性を作るのは悪くないですわ。冒険者になれば色んな人と関わるため、加入しておいて損はありません」
マルティアの経験則に関心していると、遠くでカラッカラッと物音がした。いつからそこにいたのか、数十メートル先の物陰には黒衣を纏った男性がいた。
「………………」
男性の顔には黒い仮面があり、ミルゴが言った序列上位のキメラかと疑った。だが黒衣の男性は殺気を見せず、身を翻して去っていった。よく見ると右側の肩回りが際立って薄く、腕が欠損しているのかと予想した。
「クー師匠、あの人ボクらを見ていましたよね」
「あぁ、見てたな。一応警戒しておいた方が良さそうだ」
こんな人の生活圏内では戦えないため、黙って見送ることにした。
少し経つとゴードンが船のイカリを上げ、順々に乗るように促した。
「――――おぉし! タラノス行き、全速前進で出港だぜ!」
俺たちは運河の水面に揺られ、タラノスへと入っていった。
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