第91話『打ち明け合い』※マルティア視点

 雨は一向に降り止まず、早朝まで岸下で野営となった。周辺の見張りはクーが引き受けてくれたため、わたくしはイルンと一緒に眠りについた。


 就寝を始めて一時間ほど経つが眠気は湧いてこない。夢物語でしかなかったエルフの国の手掛かり、王族としての使命を果たす機会、それらが手の届くところに来たからか柄にもなく興奮していたからだ。


(……お母様、お父様、わたくしはようやく前に進めそうです)


 誕生日プレゼントとして贈られたペンダントを持ち、岩の天井を見つめた。

 あの日命を落とさずこの時代に来たのは、すべてこの時のためだったのだ。


 もし元の時代に帰る方法を見つけられなかったとしても、この世界この時代を救えれば後悔はない。自分はやるべきことをやったのだと、精一杯生きて戦い抜いたのだと、他でもない自分自身を納得させて日常に戻ることができる。


(すべてが終わったら、酒場を切り盛りして働くのも悪くないですわね。町の人たちと語り合って、流れて行く季節に身を委ねて、そして……)


 気の早い妄想に浸っていると、横で寝ているイルンが身をよじった。どうやら地面のデコボコ具合に慣れないらしく、一睡もできていないようだ。

 待っても眠りにつく気配がなかったため、わたくしはささやき声で話しかけた。イルンはすぐに目を開けて起き、あくび一つついて背を起こした。


「ごめんなさい、マルティアさん。起こしてしまいましたか?」

「いえ、別にそういうわけではありません。わたくしも色々と考え事をしていましたので眠れなかったのです。なのでお話でもと思った次第ですわ」

「眠れそうになかったので助かります。何から話しましょうか?」

「そうですわね……」


 一瞬青の勇者の名が浮かぶが、それをイルンに聞いても意味はない。

 わたくしは微かに逡巡し、女として当然の質問をぶつけてみた。


「――――イルンはクーのこと、異性として好いていますわよね。いったいどういう経緯があったのか、どんな馴れ初めがあったか伺ってもよろしいでしょうか」


 イルンはヒュッと息を吸ってむせ、赤くなった顔をシーツで隠した。仕草はイジイジモジモジとしており、初恋を経験中の少女といった初々しさだ。そんな反応をされたからか、長年封じ込めていた自分の女心が揺れ動いた。


「ふふっ、面白い反応ですわね。まずはどの部分を好きになりましたか?」

「え、えっと、それは……その、……うぅ」

「わたくしの予想では、お顔ですわね。それをきっかけに内面も好きになり、ズルズルと深みに落ちていった。というのはどうでしょう」


 そう言うとイルンはシーツの位置を下げ、目を潤ませながら頷いた。


「うぅ、お察しの通り最初は一目惚れだったんです。でも今は……その」

「こんな危険な旅について行くほど好き、と。ですが彼を振り向かせるのは難儀ですわよ。肉体がキメラなせいか、恋愛感情が薄そうですし」

「分かっています。でもそれでも好きになってもらいたいんです」


 眩しいまでの純愛だ。こんな子に好きになってもらえてクーは幸せものだ。

 だいぶ昔のことで記憶があいまいだが、リーフェもクーのことが異性として好きだったと思われる。どちらも前向きで頑張り屋さんという共通点があり、クーはそういう女性に好かれるのだろうと理解した。


(……どっちを応援するべきか、難しい問題ですわね)


 そんな思考を巡らせていると、イルンが顔を隠していたシーツを置いた。続けてわたくしに顔をグッと近づけ、真剣な目でこう質問してきた。


「そ、そういうマルティアさんはどうなんですか」

「というと?」

「クー師匠のことです。マルティアさんと昔からの知り合いみたいですし、一緒に過ごしていて思うところとか……その」

「ありませんわよ。そこはご安心していいですわ」


 ここはキッパリと伝えた。イルンは面喰った様子で声をすぼめた。

 わたくしはふっと穏やかに笑い、寝癖のついたイルンの髪を撫で直した。


「使命を果たすまでわたくしは余計な感情を捨てると決めたのです。なので誰に恋をするなどということはありません。それは隙になってしまいますから」

「……隙、それってミルゴと戦った時のようなことですか?」

「えぇ、だからあれが本当に最後ですわ。もし望む結果を得られるのならば、永遠に人としての幸せを掴めなくてもいい。それだけの覚悟があります」

「……マルティアさん」


 イルンは寂しそうにわたくしを見た。余計な責任を負わせないためにも、「わたくしの真似する必要はない」と伝えた。せっかくの楽しい空気を台無しにしてしまったと反省していると、イルンは真面目な顔で言った。


「――――マルティアさんがどんな使命を帯びているのか、ボクには分かりません。でも恋はしてもいいと思います。捨てるのはもったいないです」

「……なら、クーを取ってしまうかもしれませんわよ」

「そ、それでもいいです。だって負けませんから。ボクはマルティアさんだけじゃなく、リーフェさんにだって勝ちます。クー師匠を振り向かせます!」


 数秒の沈黙を経て出てきたのは、心の奥から来る純粋な笑いだった。世界を救う旅をしているのに、まるで屋根裏で行う姉妹のやり取りみたいだ。こんな時間も悪くないと、イルンの素敵な前向きさに感謝した。


「ではまた時間があれば、イルンとこんなお話をしましょうか」

「はい、何でも話して下さい。ボクはいつでもお待ちしてます」

「……こういうのを女子会というのでしょうか。ソレーユとルムナとの関係は少し特殊なので、初めての経験ですわね。面白いです」


 それからも二人で会話し、眠気が湧いたところで就寝となった。

 旅の始めより互いの距離がずっと縮まり、気心知れた友人となれた。

 いつまで一緒にいられるか分からないが、今この時を大事にしようと決めた。

 

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