第90話『一筋の光明』
集められた地図は今いるガルナドル国とイルブレス王国のものに加え、近隣諸国の物が多数ある。これらはマルティアが三百年後の世界で見た地図を復元したもので、大陸のあらゆる情報が載っている。この時代には存在しない大陸図だ。
記憶頼りの産物なのもあって完成度は高くないが、それでも各国・各都市の位置は分かる。大陸の南側にはイルブレス王国があり、北側には帝国がある。細々とした国は環状に並んでいるが、その配置なのは中心に『あの領域』があるからだ。
「ここにアルマーノ大森林ってありますよね。ボクはここが怪しいと思っています」
エルフの出現情報は俺たちがいる大陸にのみ集中している。アルマーノ大森林はどこの国の国境にも属しておらず、人の手はまったく入らない。
確かにここなら国から国へ直線状に移動することもでき、身を隠すのにも打ってつけだ。イルンの考えも理解できるが、すぐには頷けなかった。
「……マルティア、今のアルマーノ大森林って魔物の数はどうなんだ?」
「わたくしたちの時代と変わりませんわね、危険な不可侵領域ですわ」
「エルフほど強い種族なら暮らせそうか?」
「さすがに無理だと思います。四六時中魔物と戦っていては他国に出向く暇もありません。誰にも見つからないという点は分かりますが……」
国という規模を維持するのは困難という推測だった。仮にアルマーノ大森林にそういった場所があったならば、朽ちた建物や発掘物といった痕跡を騎士団が見つけていたはずと最もな根拠を付け足した。
「でも他にエルフの国がありそうな場所はないです。考えられるのは他国が匿っているという線ですが、マルティアさん的に無さそうなんですよね?」
そのイルンの問いかけにマルティアは頷いた。
「……ですがそれはアルマーノ大森林も大差ありません。エルフの国の候補地として挙げる学者は何人かいましたが、実地調査はどれも空振りでしたわ」
「隠ぺい用の魔法ですかね。それで見つけられないというのは?」
「さすがに三……長い時を経ても発動しているとは思えませんわ」
「大森林というだけあって広いですし、探していない領域があるかもしれません。調査が行われた詳細な場所を教えてもらっていいですか?」
イルンは思いつくまま疑問をズバズバぶつけ、マルティアは記憶と情報を照らし合わせて可能性を探っていった。
俺は二人のやり取りを聞きつつ、ここまでの内容を思い返していった。
念頭に置くべきは『魔物がいても襲われることがなく』、『長い歴史において一度も他の国に見つからず』、『国という規模の広さがあり』、『滅んでも痕跡を残さない場所』、大きく分けてこの四つだ。
(…………アルマーノ大森林が満たしているのは一つか二つ。あそこには魔除けの魔石も生えていたし、住もうと思えば住めはするか)
転生してからの生活を振り返っていき、ふと閃いた。
ただ一つ、すべての条件を満たせる場所があったのだ。
「――――もしや、エルフの国があるのはアルマーノ大森林の地下大空洞か」
そう口にした瞬間、マルティアが息を呑んだ。そして自分の地図を見直し、「そういうことでしたか」と得心がいったように言った。
「クー、あなたは確か大空洞の中に数日いたと言っていました。主観の感想で構いませんが、そこに人が暮らせるだけの空間はありますか」
「ある。でも地下で生活なんてできるのか?」
「懸念が湿度や明るさなら大丈夫かと、エルフほどの種族なら問題にもならないでしょう。魔物と毎日戦って国を維持している、と言うより現実味があります。滅んだ後に痕跡が残らなかった理由は……単純なものでしたわね」
「天井か壁を支えていた魔法が切れ、まとめて地盤の崩落に呑まれたか」
崩れていたパズルのピースが揃っていく感覚だった。
証拠というほどのモノはないが、この答えには確信を持てた。
まだアルマーノ大森林が恐ろしく広いという障害があるが、一度でもエルフの匂いを嗅ぎ取れれば国の場所を見つけられる。まさに一筋の光明だ。
「そうと決まれば、まずは――……」
はやる思いで立つが、屋根代わりの岸壁の先は大雨になっていた。
目の前に水の壁が現れたようで、しばらくは身動きが取れなかった。
「でもこれなら人に見られなくなるし、ワイバーンの姿での移動が――……」
そう言うと風が轟音を起こして吹き付けた。俺一人ならともかく、誰かを背中に乗せて飛行することは不可能だ。さすがに諦める他なかった。
「クー、気持ちは分かりますが先に勇者コタロウの件を片付けるべきですわよ」
「ボクも同感です。だいぶ長雨になりそうですし、今日はここで野営しましょう」
「…………だな。悪い、ちょっと焦り過ぎた」
残念さを振り切って元いた位置に座ると、遠くからゴロゴロと雷の音がした。少し経つとピカッと空が光り、次いで「ひゃっ!?」と声がした。驚いたのは奥に座っているイルンで、両耳をこれでもかというぐらい手で覆っていた。
「……雷、苦手なのか?」
「み、水魔法使いは生まれつき雷を怖がるものだそうです。水の中も水の壁も、雷に対しては無力だっていう本能的な経験から来る……ひうっ」
「遠くに落ちたな。この間隔だと三キロぐらい先か」
「さすがはクー師匠です……。ボクも頑張って克服したいです……」
俺の水魔法は借り物なため、そういった恐れを抱くことはない。
可哀想なのでプルプル震えるイルンの傍に行き、なるべく怖くないようにしてやった。マルティアは俺たちを微笑ましく見つめ、雷雨の先を見据えて言った。
「クー、ようやくですわね」
「あぁ、ようやく大きな一歩だ」
誰もが探し求めたエルフの国、その地で明確に歴史を変える。先に向かうべきはタラノスだが、運命を変えるべき時は目前に迫っていた。
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