第89話『状況整理』
ミルゴとダブラの戦いを経て村を救い、長い夜が過ぎた。
俺たちは空き家となった家を宿として使わせてもらい、仕切りを隔てて寝た。岩地の山中にある村だからか朝は寒く、身震いをして目を覚ました。
「……まだ、薄暗いな。早く起き過ぎたか?」
仕切りの先からは物音がしなかった。まだ二人とも眠っているのかと思ったが、奥にいたのはイルンのみでマルティアはいなかった。
「…………うぅ、クーししょう……ぼく、もっとがんばりまふ……あふ」
墓場に案内してもらう約束をしていたが、幸せそうなのでやめた。俺は壁に積まれた薪木を暖炉に重ね置き、着火剤代わりの木くずを隙間に差し、種火代わりの魔石に魔力を通して火を起こした。
二角銀狼の風魔法で火をほどよい塩梅に調整し、旅装に着替えた。外に出ると山々の隙間から差し込む陽光の出迎えがあり、感嘆の息を一つついた。
「……気持ちのいい朝だな。昨日までの戦いが嘘みたいだ」
狭い村なので墓場はすぐに見つかった。先客としてマルティアがおり、胸元に片手を当てて犠牲者に祈りを捧げていた。俺はあえて声を掛けず隣に行き、両手を会わせて拝んだ。マルティアは「変わった祈り方ですわね」と言った。
「あー……、まぁな。旅の途中で知る機会があったんだ」
「そういうことでしたか」
「……この祈り方だと周りから変な奴って思われるか?」
「クーがしたいようで良いと思いますわ。祈りで必要なのは見てくれの所作ではなく、心の在り方です。人目を気にすることはありません」
「じゃあこのままで行くか。ありがとうな」
俺たちは一分ほど並んで祈り、イルンがいる空き家へと戻った。
そうして時が過ぎ、タラノスへの旅を再開する時間が来た。
村の人々からはもっと滞在してもいいと言ってもらえたが、すぐにでも出発しなければいけない。ミルゴの話が本当ならばエルフの国への襲撃が始まるのは満月の夜、残りの日数は二週間を切ってしまっているからだ。
「――――よし、それじゃあ出発だ」
見送りには複数人の村民が集まり、俺たちを賑やかに送り出してくれた。
一度だけ手を振り返し、坂を一つ越えると声はまったく聞こえなくなった。
俺は広い道に出たところで二角銀狼になり、イルンを背に乗せた。マルティアも黄金の獅子を召喚して騎乗し、道を一気に駆け抜けた。昼前には山一つを超えることができ、もう一つの山へと移動した。順調な進み具合だ。
しかし二つ目の山の中腹に差し掛かった頃、急に雨が降ってきた。
緩めの地盤で土砂崩れの心配があるため、一度休憩を取ると決めた。本降り前にせり出した崖が屋根になっている場所を見つけ、全員でそこに避難した。
「……さて、それじゃあ昨日できなかった話を始めるか」
これから向かうタラノスと勇者コタロウのこと、行き先の優先順位をイルブレス王国からエルフの国に変更すべきか、色々と議論すべき内容があった。ひとまずエルフの国の位置から知ろうとするが、ここで予想外の事態が起きた。
「え、イルンもマルティアもエルフの国の場所を知らないのか?」
呆然とする俺にマルティアが難しい顔で頷いた。イルンに関してはエルフの存在すら知らず、これはどういうことかと問いかけてみた。
「……エルフの住処は歴史上でも明らかになっておらず、ただ滅んだという記述があるのみです。夢物語の黄金郷のような場所ですわね」
「でも緑の勇者は存命だっただろ。日記とか残ってなかったのか?」
「わたくしは存じません。エルフが人前に現れるのは飢餓や戦争といった良くない兆候が起きる時のみで、基本は不干渉を貫いてました。一説では彼らの目的は世界秩序の調整であり、そのために長い寿命があるのだとか」
エルフは自らの栄誉を誇らず、人の世の利益として利用されず、歴史の節目にのみ活躍した。絶世の美貌と優秀な魔法技術に魅了され、数多の国が居場所を探り続けた。けれど彼らが暮らすエルフの国は見つからなかった。
それゆえキメラの軍勢の襲撃に気づく者はおらず、静かに滅んだ。勇者伝説の一文には『廃墟となったエルフの国で涙を流すコタロウ』の記述があるそうだ。
「……その書き方だと、コタロウがエルフの国を知っていたことになるんじゃ」
「それらしい比喩表現なのか、居場所を記載しない・できない理由があったのか、真実は分かりません。ただ何者かの介入があったとわたくしは考えます」
「……緑の勇者か他の誰かか、意図的に情報を消したのか」
「その考えが妥当と思われます。怪しいのは当時宰相だったレイス・ローレイルですわ。クーが言った白の勇者本人の証言もありますのでほぼ確定です」
何故わざわざ滅んだ国を秘匿したのか、疑問はあるが調べる術はない。今は失われた歴史を紐解くよりも、目の前にある事実の解決に動くべきだ。
「俺たちはあと数日でエルフの国を見つけ、友好を結ばなきゃいけない」
「言葉か品か功績か、早期に信頼される手段が必要ですわね」
「その、キメラの軍勢を退けるなら今以上に武器と人員も必要だと思います」
これからやるべきことは決まっている。交渉できるだけの人材もいる。戦力の宛は俺たち以外にも一応見込める。なのに肝心のエルフの国の場所が分からないため、解決の糸口を掴むことができない。難儀という他ない状況だ。
タラノスに着いて情報収集をし、コタロウと会って仲間に引き込む。諸々込みで二日、状況次第ではもっと経つと思われる。三百年後の世界の有力情報を頼りにエルフの国を探したとして、満月の夜に間に合う保証はどこにもなかった。
(…………移動は黒鱗のワイバーンでどうとでもなる。エルフの国の場所をあと一週間、いや五日以内には見つけたいところだが……)
丸い石を手の中で転がしながら考えていると、地図を眺めていたイルンが「あっ」と言った。何か閃きがあったのか地図を端から並べ、マルティアが知っている情報をつづった羊皮紙を見つめ、口元に指を添えてこう告げた。
「――――エルフの国の場所、分かったかもしれません」
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