第88話『馬車の旅路』※勇者コタロウ視点

 …………ガタガタと小石を踏んで揺れる馬車の中に『オレ』はいた。

 行き先は宰相のレイス・ローレイルから指定された町タラノスで、イルブレス王国を出てからもう三日は座り通しとなっている。今回の旅は『勇者』としてのお披露目もかねており、道中の町にいちいち立ち寄るのが面倒だった。


(今回の遺跡攻略が完遂されればタラノスに転移できるようになる。そうすればガルナドル国との友好がより築ける……とか何とか言ってたっけか)


 時間潰しもかねて外を見るが、視界に映るのは山と草原ばかりで代り映えがない。ある程度の暇は覚悟の上だったが、今回に関しては困っていた。というのも馬車の中にはオレの他に、仲間のココナと歌姫リーフェが同席していたのだ。


(…………レイスさんの計らいって聞いてるけど、やっぱり断れば良かった。女子とろくに会話した経験がないから、どう間を持たせればいいか分からない)


 ココナなら魔物退治や剣術指南などいくらでも会話できる。だが同じ要領で歌姫リーフェに話しかけることはできない。もっと綺麗な話題をすべきだ。

 目線で助け舟を求めるが、ココナは外を眺めて憂い顔だ。過去に友好があった歌姫リーフェが『記憶喪失』であるため、どう会話すればいいか分からないのか。この状態で二日間過ごすのは辛すぎるため、オレは意を決して切り出した。


「え、えっとー……、良いお天気ですね?」


 焦り過ぎて主語を忘れたため、二人は同時に顔を向けた。話題の内容も「だから?」と言いたくなる内容であり、完全にやらかしたと焦った。


「そっその、歌姫リーフェはあまり外に出ないんですか?」

「………………王城と戦場と戦勝祝いの町と、基本はそんなところになります」

「何か面白い場所や、気に入った景色とかはありました?」

「………………いえ、特には。しいて言うなら、森が気になります」

「森?」


 一度だけアルマーノ大森林の前を通った時、不思議と心が安らいだそうだ。まるで第二の故郷のような感覚だったと、珍しく楽しそうに語ってくれた。


(……魔物に故郷を滅ぼされたのに、魔物の群生地が好きなのか? たんに自然が多いところに暮らしていて、その光景や空気を思い返しただけか?)


 何にせよ、初めてオレの顔を見てくれたことが嬉しかった。

 明るい表情の歌姫リーフェはとても可愛らしく美しく、仕草一つ見るたびに心が揺れ動いた。ここでどうにか取っ掛かりを掴み、普通に会話できるぐらいの関係になりたいと思った。だがここでアクシデントが起きた。


「歌姫リーフェは……って、うわっ!?」


 馬車が急に停止し、護衛の騎士たちが慌ただしく動き出した。車内上部にある窓から馬を引く御者に声を掛けると、街道に魔物が現れたと返事がきた。


「戦闘は護衛の騎士が行っていますが、相手はキメラのようで……」


 それを聞いてオレは湧き立った。

 この暇な旅の中で格好いい姿を見せられるチャンスであり、座席の横の神剣を手に取った。一刻も早く外に出ようとするが、先に動く影があった。


「なっ!? どこに行く気だ、リーフェ!」


 ココナの動揺した声に振り向くのと、歌姫リーフェが扉を開けて外に出るのは同時だった。オレは慌てて随伴の騎士に声を掛け、街道の先に行こうとした歌姫リーフェを止めてもらった。


 歌姫リーフェは普段の大人しさが嘘のように暴れ、立ちはだかった騎士の腕の中でもがいていた。馬車からココナと一緒に降りて掛けると、リーフェはようやく止まってくれた。その表情は今にも泣き出しそうだった。


「…………通して、通して下さい。私は行かなければならないんです」

「行く? もしかして、キメラに会いたいんですか?」

「…………自分でも分かりません。でも、一目見たいんです」

「それは……でも」


 ココナに目線で助けを求めるが、辛そうな顔で黙していた。

 一体どういうことかと思っていると、ドンという地鳴りが起きた。


「ダメです! こちらの戦力ではキメラを追い払えません!」

「こっちに来させるな! 王国騎士団の名折れだぞ!」

「りょ、了解! うわっ!!?」


 まだ遠目だが、キメラがこっちの車列に突っ込んできていた。そいつは虫と爬虫類の混成キメラで、醜く奇怪な見た目で奇声を発していた。


 求めていたキメラではなかったのか、歌姫リーフェは意気消沈した。念のため討伐すべきか聞くと、無言の頷きがあった。オレはならばと意気込んで構えを取り、腰に差した『神剣イヴァルス』を抜き放った。


「――――速攻で終わらせます。勇者の活躍をお見せしましょう」


 宣言と同時に草原を駆け、刃に虹色の魔力を通した。キメラはこちらの接近に気づき、足を止めて威嚇してくる。けれど恐れることはなかった。


 神剣イヴァルスには強力な魔物特攻があり、直撃すればどんな防御でも貫通して痛手を負わせられる。切りつけた箇所はしばらく再生せず、新たに部位を生やすこともできなくなる。負ける理由がどこにもなかった。


 戦いを続けるほどにキメラの肉体は小さくなり、最後には球体となった。低能なりに勝ち目がないと理解したのか、弾んでこの場から逃げようとした。

 オレは神剣を投擲姿勢で構え、一直線に投げてキメラの身体を貫いた。「ギ、ギウ……」という気色悪い鳴き声で呻き、数度痙攣して絶命した。


「――――もうキメラは倒しました! 皆さん、ご安心下さい!」


 そう宣言すると辺り一帯から歓声が聞こえた。誰もが『勇者』という称号を称え、羨望の眼差しを向ける。その事実が何より嬉しかった。


「………………ーちゃん」

 しかしただ一人、歌姫リーフェだけはオレを見ていなかった。





―――――――――――――


 これで五章の前半は終了になります。お付き合いありがとうございました。

 以降もいつも通りのペースで投稿する予定だったのですが、急な仕事が入ったので休みを入れます。再開は11月27日月曜日で、そこからは年明けまで月・水・金のペースで投稿して五章を終わらせます。お待ちいただけば幸いです。

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