第87話『村への帰還』
俺とマルティアは坑道から出て村への帰路についた。
捕らわれていた者たちはすでに黄金の獅子が村に送り届けたらしく、採掘場から伸びる道には複数人の足跡があった。
「全然姿を見せなかったのはそういうことか。あの短い指示でよく伝わったな」
「以前にも似たような状況がありましたので、その経験を活かした形ですわ。見た感じほとんどの人が無事そうで安心しました」
「……これで一見落着、というには色々なことがあり過ぎたな」
「そうですわね。後は何もないことを祈るのみです」
俺はため息をついて欠けた月を見上げ、目線を落として足を止めた。
十メートルほど離れた地点にいたのは中型犬サイズのトカゲ型魔物であり、鹿か何かの死肉を呑気にむさぼっていた。
「マルティア、少し寄り道してもいいか」
「別に構いませんが、何をするおつもりですか?」
口で説明するより見せた方が早いため、俺はすぐ行動に移った。
まず単身で道脇の小さな柵を乗り越え、足元に散らばっている手ごろな石を掴み、トカゲ魔物の背中を狙って投げ、しっかり命中させた。
今から試すのはキメラのレベルが5になって手に入れた『眷属召喚(弱)』だ。魔法を発動する容量で「眷属召喚」と念じてみるが、いくらやっても反応がなかった。はてと疑問を浮かべているうちにトカゲ魔物が飛び掛かってきた。
「これ……、使うのは魔力だけじゃないのか?」
思案しながら攻撃を避けていると、マルティアが離れた位置で推論を述べた。
「……ミルゴを見るに、血を使うのではありませんか? キメラには自然治癒がありますが、あれは眷属召喚と併用するための種族特性なのかもしれません」
「ありえそうな話だな。じゃあこんな感じか」
片腕を角狼の手に変え、指先を爪で裂いた。軽い痛みと共に血が流れ、本能的に眷属召喚が使えると分かった。ならばと発動を試みるが、先に自然治癒能力で指先の傷が完治してしまった。俺は「え」と困惑して固まった。
「……もしやこれ、血を出すために派手な怪我をしないとダメか」
「二戦目のミルゴはわたくしが負わせた傷の出血を利用してましたわね」
「個人的には手を歯で噛んだりするつもりだったんだが……」
「その程度の怪我では血が足りず、発動前に治癒するでしょうね」
戦闘に支障が出ない程度に自傷し、なおかつ治癒を上回る速度で一定の血を出さなければいけない。思った以上に面倒な条件を持った能力である。
今回は腕の動脈辺りを切って眷属召喚を行った。生み出したのは角狼だが、弱の名の通り性能は微妙の一言だ。トカゲ魔物にも負けてしまった。
(……出現させられる時間も二十秒程度と少ない。今は囮に使うのが精々か)
トカゲ魔物は眷属召喚三回目で倒せた。一回の召喚で出せる数は二体までで、角狼レベルの強さが精々だ。二角銀狼やワイバーンといった魔物を眷属として使役するのはだいぶ掛かりそうだった。若干期待外れといった感じだ。
それから少し経って村が見える丘まできた。行きと違って遠方から見た村の家々には明かりがあり、人の動きも確認できた。村の門前に到着すると門番が声を上げ、帰還した俺とマルティアを迎え入れてくれた。
「――冒険者さんが帰ったぞ! 皆、集まってこい!」
「――本当にマルティアさんじゃないかい! 前より綺麗になったねぇ!」
「――本当にありがとうございます。何と……何とお礼していいものか」
やいのやいのと人が集まり、これでもかというぐらい感謝された。俺は若い衆に囲まれ、勢いのままワッショイワッショイと胴上げされた。
マルティアは魔力切れでしぼんだ金ポメを腕に抱え、奥さん方の元に向かった。互いの無事を喜び合い、窮地を乗り切ったことを喜んでいた。
「……遅くなって申し訳ありませんわ。お宅のお子さんは元気でしょうか」
「今はぐっすり眠ってるよ。後で顔を見せておくれ」
「必ず伺いますわ。何か手伝えることがあれば言ってくださいまし」
「いいのかい? 疲れているだろうに、本当にすまないねぇ」
人混みを抜けて手ごろな壁に背を預けると、遠くにイルンの姿が見えた。俺を探して周囲を見渡しており、目が合うなりパアッとした笑みを浮かべた。
「クー師匠、おかえりなさいです」
「あぁ、イルン。ただいまだ」
俺たちは並んで壁際に立ち、慰霊の宴を始めた村民たちを眺めた。
ある者は肩を寄せ合って泣き、ある者は悲しさを吹き飛ばすように騒いでいた。
一息ついたところでミルゴとダブラとの戦いを説明し、イルン側で起きたことも聞いた。どうやら冒険者組合にいた冒険者と職員は全員死亡していたらしく、少し前に埋葬を済ませたことを教えてもらった。
「実はさっきまで花を探しに行っていたんです。ここって自然が少ない岩地ですから、数を揃えるのに時間が掛かってしまいました」
「大変だったな。後で墓の場所を教えてもらってもいいか?」
「はい。今日はもう暗いですし、明日の朝に案内しますね」
「そうしてくれ。どのみち救えなかった命だとしても、一言謝っておきたい」
ワイバーンからの襲撃を受けた村と違い、言いようのない負い目があった。心境の変化に大きく起因しているのは、同種族の人型キメラが起こした事件という部分だ。いずれ自分も人を襲うのでは、という不安が脳裏に渦巻いていた。
(……穏健派のカイメラですら人を襲っている。なら異質なのは俺の方だ)
モヤモヤ感を消すために頭を掻いていると、イルンが「あの」と言った。
「ボ、ボクはクー師匠と一緒にここまで来て良かったと思ってます!」
「え? えっと、ありがとう」
「何があっても、どんなことが起きてもボクはクー師匠を信じます。ずっと味方でいます。だからそう落ち込まないで下さい、前を向いて下さい」
「…………イルン」
抱いた不安をイルンは見抜いていた。立場上仕方のないこととはいえ、格好悪いとこを見せてしまった。俺は反省して両の頬を手で強く叩いた。
「――――そうだな。イルンに誇れる師匠にならなきゃだ」
今できる精一杯の微笑みを見せ、壁から背を離して歩いた。村民たちは炊き出しや外周の柵の修繕と大忙し、やるべきことはいっぱいあった。
「まだ今日は終わってない。明日を迎えるために頑張るぞ」
「はい、お供します。何でも申し付けて下さい!」
失ったモノを悔やむのではなく、掴み取ったモノの大切さを尊び生きていく。
俺たちは肩を並べ、自分たちの力で救った人々の輪に混ざっていった。
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