第86話『騎士と怪人』※マルティア視点
…………わたくしの装備、『魔導重装甲冑』は魔導具使いとしてのすべてを結集させて作り上げた切り札だ。長い旅を経て数多の遺跡に挑み、冒険者としての稼ぎを注ぎ込み、最上と評せる魔導具だけを厳選して完成に至った。
マルティア(魔導重装甲冑)
攻撃S 魔攻撃S
防御S 魔防御S
敏捷A 魔力量S
本来ミルゴ程度の三下に使う装備ではないが、今回は使用を決めた。戦いを長引かせれば空洞崩落の危険が増すし、未だ村民の無事が確認できていないからだ。
足場の岸壁から一歩踏み出すと、ミルゴが先制攻撃を仕掛けてきた。グルグルとわたくしの周囲を飛び回り、羽の乱射と毒液噴射と電撃発射といった攻撃を浴びせてきた。さりとて甲冑に傷がつくことはなかった。
「あら、さっきまでの威勢はどうしたのですか?」
気づけばミルゴは息を荒げていた。巨大剣の魔導具を破壊した時はずいぶんと馬鹿笑いをしていたものだが、頬と額には大粒の汗が浮かんでいる。
「おいおい、おいおいおい! 何だよそのバカみてぇな防具はぁ!」
「バカとは失礼ですわね。これでも見た目にはこだわっていますのに」
「……くそくそ、ふざけやがって! 何でこんな田舎にこんな化け物がいやがんだよ!! 理不尽にもほどがあるだろうがぁ!!」
「運がありませんでしたわね。いっそ降伏でもなさいます?」
そうすれば楽に……と言いかけたところでミルゴが動いた。完全に勝ち目が無いと判断したらしく、天井部にある穴に向かって飛んでいった。
追いかけなければ見失うが、あいにく飛行用の魔導具は持っていない。けれど焦りはなかった。こんな時のための手段は用意していたからだ。
「――――神獣、同化。背に生やすは銀翼の翼、纏いし加護は風の息吹」
淡々と告げると同時、銀翼の鷹が背後に回った。わたくしと銀翼の鷹は魔力を通して肉体を同化させ、天使のごとき翼を背中から生やして広げた。
「さぁ、終わらせますわよ」
羽ばたき一つで急加速し、今まさに空洞を出ようとしているミルゴに追いつく。突撃槍の切っ先から発生させた波動で行く手を阻み、その身を空洞内に弾き返す。ミルゴは怒りの形相を浮かべ、全身の血管を強く発光させた。
「――――殺す殺す!! 眷属召喚だ、死にさらせぇ!!」
出現したのは鳥に猿に虫と、これまで捕食してきたであろう魔物たちだ。白いキメラの肉片の力か総数は十数を超し、一体一体がそれなりの力を有していた。
(…………中には村の人もいますわね。動揺を誘うおつもりですか)
わたくしは心を無にし、冷静に対処した。
まず自分の周囲に鎖の魔導具を張り巡らせ、組み付こうとしてくる魔物を叩き払う。続けて槍の雨を展開し、動きが止まったものから貫いて消滅させる。隙間を縫って放たれた魔法等は甲冑で防ぎ切った。
ミルゴは新たに眷属召喚を行い、数十匹の蜂型魔物を放ってきた。
わたくしは大盾を前に出し、溜めた魔力による爆発で衝撃波を出した。
蜂型魔物はことごとく吹き飛び、ボトボトと下に落ちていった。ミルゴはしつこく眷属召喚をするが、同じ要領で対処できた。二分ほどすると攻撃が止み、後には息絶え絶えなミルゴが残った。ようやく魔力が尽きたようだ。
「終わりですか。思ったよりも期待外れですわね」
「はぁはぁ……、おかしいだろ! 俺は白いキメラの肉を喰ったんだぞぉ!!」
「まだ手があるなら出した方がいいですわよ。特別に受けて差し上げます」
「……ぐっ、ぐぐ、くそがぁ!!」
ミルゴは往生際悪く外へ逃げようとした。わたくしは突撃槍の柄を小脇に抱えるように構え、槍全体にありったけの魔力を注ぎ、一息で突き出した。
先端から発射されたのは黄金色の光線だ。その軌跡は瞬時にミルゴへと到達し、翼を消し飛ばしてかすった胴体すらえぐり焼いた。
ミルゴの本体は腰付近にあり、身体を捨てて逃げ出した。新たに変身したのは鳥型魔物だが、体躯はさほど大きくない。羽ばたきの速度も遅かった。
わたくしは追いかけて捕まえようとし、途中で移動を止めて言った。
「では後は頼みますよ。クー」
その瞬間、ワイバーンの翼を生やしたクーが上昇してきた。
鳥になったミルゴをあっさり捕獲し、わたくしの傍に寄ってきた。
「……魔力が回復するまで戦いを見てた。まさかここまで強かったとはな」
「今はクーよりも上ですわね。この時代に転移してきた先輩としての面目は果たせたのではないでしょうか?」
「十分過ぎるほどだ。仲間になってくれて本当に心強い」
「ふふっ、ではそろそろここを出ましょうか」
二人で上に行き、空洞を出た。これでミルゴとダブラとの戦いは終わった。
…………俺たちは坑道に戻り、崩落の危険がない場所へ移動した。捕獲したミルゴは変身できぬほど鎖でがんじがらめに拘束され、地面に放り投げられた。
しばらくは質問しても黙秘が続くが、最終的には諦めてくれた。どうあっても生存の目がないと理解したらしく、半ば自暴自棄となって会話に応じてくれた。
『なぁなぁ、俺の弟……ダブラはどうなったぁ?』
『俺が倒して喰った。最期の言葉とかは特に聞いていない』
『そうか、そうかよぉ。まぁまぁ、元山賊なら普通の最期だなぁ』
球体では人語を発せられないため、俺の念話魔法を使用した。
知り合いを殺されたマルティアは色々と言いたげな様子だったが、今は私怨を呑み込んで得るべき情報を問いかけていった。
「あなた方は一体どこで白いキメラの肉片を手に入れたのですか? もしやキメラの組織とやらから贈られたのでしょうか?」
『あぁあぁ、その通りだぁ。ある日、俺たちの前にあいつらが現れてなぁ』
「あいつら、とは?」
『変な仮面を着けた男と、白い髪の幼女だぁ。仮面の方は一とか二とか序列で呼ばれてたなぁ。これを使えば最強の力を得れるって言われたぜぇ』
白い髪・女性という要素からカイメラが連想されるが、彼女は幼女というほど小柄な外見ではない。謎の仮面の男が序列一位か二位ならば、謎の少女も序列持ちの可能性がある。どちらも有益な情報だった。
『お前は白いキメラの正体そのものは知らないんだな』
『あぁあぁ、知らねぇ。くっそたれな神様に誓ってやるぜぇ』
そこは予想通り、むしろ想定よりも多くの手掛かりを得られた。そろそろ止めを刺そうとすると、ミルゴが『あぁ、そうだ』と思い出したように言った。
『……あいつら、俺たちをエルフの国の襲撃に加わらせようとしていたなぁ』
『エルフの国? それは本当か?』
『おうおう、満月の夜とか何とか言っていた気がするぜ。後は……がっ』
『どうした?』
急にミルゴが息を荒げ、言葉を発せられぬほど苦しみ出した。
みるみるうちに身体中の血管が点滅を始め、絶叫を上げて球体を転がして暴れた。マルティアはとっさに鎖を解くが、数秒もせずミルゴは絶命した。
「これって、白いキメラの肉片の副作用か?」
「……口封じのようにも見えますわね。肉片に細工があったのかもしれません」
「ミルゴの肉、喰っても大丈夫だと思うか?」
「ダブラが行けたなら大丈夫でしょう。保証はしませんが」
俺とマルティアはミルゴの死体をジッと見下ろした。
未だ真実は闇の中だが、それでも一筋の光明をようやく掴むことができた。
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