第84話『ミルゴとダブラ』

 宣言と共にミルゴは白い肉片を頬張った。

 何かされる前に水レーザーを撃とうとするが、発射の直前に坑道全体が揺れた。直後足元の地面が割れ、二対の巨大な手が土をまき散らして出現した。


「っ!?」


 手の平の大きさは人間一人を容易く握りつぶせるほどで、俺とマルティアを掴もうとしてきた。即座に発射態勢だった水レーザーを撃って肉を裂くが、切断しきる前に足場が崩れた。俺たちは体勢を崩して坑道の下へと落ちていった。


「――――ポルメナ! 少女と村の人たちを助けなさい!!」

『――――承知!!』


 離れた場所にいた黄金の獅子は跳躍し、俺の手から離れた少女の服を噛んだ。そこから無事な足場に移動していき、後は暗闇で分からなくなった。


 氷の四枚盾で身を守りながら落ちて行くと、地下とは思えないほど広い空間に出た。天井から地表までは三十メートル以上あり、横にある土の壁からは発光する魔石が飛び出している。地下水が所どころから噴き出しているのも確認できた。


(……ここは、アルマーノ大森林の地下と似た空洞だな)


 そんな思考を浮かべ、マルティアの名を呼んだ。すると頭上で返事があり、瓦礫に混ざってマルティアが落ちてきた。俺がワイバーンの翼を出すとマルティアも使い魔召喚をし、銀翼の鷹の両足を掴み取って落下速度を緩めた。


「……人一人支えられるのか、凄いな」

「神獣の名は伊達ではありませんわ。それより、さっきミルゴが気になることを言っていましたわね」

「あぁ、白いキメラって確かに聞いた」

「世界終焉の原因の一つですか。村人たちの居場所が分かったから倒すつもりでしたが、やはり生け捕りにしなければなりませんわね」


 そんなこんな会話していると、頭上に巨大な瓦礫が落ちてきた。

 俺は氷の盾を傘状に広げ、背を預け合って崩落が収まるのを待った。


 少しすると落下音が止み、俺は氷の盾を分裂させた。薄暗い視界の先からはバサバサと羽音がし、天狗に似た姿のミルゴが降りてきた。


 ミルゴの肉体は村で戦った時より一回り大きく、全体的に茶色がかった毛の色が黒々しく変化している。露出している肌の節々には赤い線が見えるが、どうやら血管の一部が浮き上がって発光しているようだ。かなりの物々しさがあった。


「……あぁおぉ、これがキメラの真の力かぁ。最強になったような気分だぁ。もうもう、負けはねぇ。完膚なきまでに引き裂き、身を潰してやるよぉ」


 ミルゴの両手は猛禽類がごときかぎ爪となっている。人間の胴体を丸ごと鷲掴みにできるほどのサイズで、人間の柔肌なら引っかかれただけで致命傷になりそうだ。


「さっき白いキメラって言ってたが、お前はソレを知っているのか」

「そんなこと言ったかぁ? もうもう、忘れちまったなぁ?」

「クー、痛めつけて吐かせるしかありませんわね」

「……そうみたいだな」


 どう攻めるか考えていると、足元の水たまりが盛り上がった。中から這い出てきたのは全長六メートル大のダブラで、こちらもミルゴと同じく血管を赤く発光させていた。どちらも白いキメラの肉を喰ったと判断できた。


「……ミルゴあにぃ、がらだが、がらだがあぢぃよぉ」

「あぁあぁ、良い気分だぁ。溢れる力はあの人間とキメラにぶつけるぞぉ」

「わがっだぁ、あばれる。あばれでやる! みなごろじだぁ!!」

「俺たち兄弟の力、たっぷり思いしりやがれ!!」


 ミルゴが爪を力強く構え、ダブラは殴り掛かってきた。


ミルゴ(魔物形態・狂暴化)

攻撃A+ 魔攻撃A+

防御B+ 魔防御B+

敏捷A+ 魔力量A


ダブラ(魔物形態・狂暴化)

攻撃A+ 魔攻撃B+

防御S  魔防御A+

敏捷B  魔力量B+


 俺は氷の盾を四枚重ね、ダブラの拳を受け止めた。繰り出された一撃は想像を絶して重く、三枚が砕けて一枚がヒビ割れた。マルティアは槍と巨大剣を出現させ、飛来するミルゴを撃ち落とそうとした。だが魔導具の攻撃はすべて空を切った。


「ひゃははははぁ!!! 遅ぇ遅ぇ、そんなんじゃ当たらねぇぜぇ!!」

「もろい、うずいぞぉ! づぎでおわりだぁ!!!」


 ミルゴは接近と同時に急上昇し、直上から真下へ鋭い羽根を数十発撃った。マルティアは盾の魔導具で結界を張り、俺は岩石巨人の腕で防御した。

 そのまま防戦を続けていると、ダブラが下半身の蜘蛛型魔物の尻尾を持ち上げた。放たれたのは身動きを封じる粘着糸であり、俺は片手で暴風を撃って落下地点をズラした。そして一瞬の隙でマルティアと目配せした。


「――――ミルゴは任せる。絶対に死ぬなよ」

「――――そのままお返しします。検討を祈りますわ」


 密集していればジリ貧となるため、それぞれの敵に向かって跳んだ。

 マルティアは俺と同じく身体強化魔法を使い、ミルゴの速度に対応しながら巨大剣と槍の雨を駆使して戦う。銀翼の鷹も援護のために向かっていった。


 視線をダブラへ戻すと、猿型魔物の腕がカマキリの鎌へと変化していた。振るわれたのは武人カマキリの斬撃を思わせる一閃で、受け止めた岩石巨人の岩肌が深くえぐれた。俺は衝撃を殺しつつ後方に飛び退き、手ごろな岩壁に移動した。


「……大した力だな。村で戦った時とは大違いだ」

「おではざいぎょうになっだ! でめぇなんがだだぎづぶじでやる!!」

「もう少し後に取っておきたかったんだが、今回はこれしかないか」

「なにをごぢゃごぢゃど! はやぐおりでごい!!」


 言われた通り岩壁から跳び、身体強化を最大にしてダブラに殴り掛かる。

 互いの拳と鎌が火花を散らして衝突し、洞窟全体の空気がズンと揺れた。

 俺は背中から斑煙茸を出し、ダブラの目の前で煙幕を出した。さらに残った氷の盾を囮として飛ばし、新たな姿に変身する時間を数秒ほど稼いだ。


『特別だ。今の俺ができる、最強の姿を見せてやる』


 構築するのは黒鱗のワイバーンを倒したキメラギドラを強化した姿だ。

 通常種のワイバーンをすべて黒鱗のワイバーンに変え、片腕を岩石巨人の腕にして全身にイノシシ魔物の鎧を纏い、身体強化魔法で防御力と攻撃力を底上げする。三つ首からの咆哮で煙幕を割り、口元に業火を溜めて言い放った。


『――――さぁ、ここからが本番だぜ。牛野郎!』

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