第83話『聞こえた手掛かり』

 岩地の景色がすっかり暗闇に包まれたころ、俺とマルティアは採掘場に到着した。周辺からは村の家々で嗅いだ少年タルナル……に化けていたミルゴの匂いがあり、くぼ地の奥にある坑道内に隠れ潜んでいると確信できた。


「辺りにある小屋とかの劣化が酷いな。しばらく使っていないのか?」

「以前村に立ち寄った時にはもう廃坑寸前だったはずです。あれから半年は経ってますので、照明用の魔石なども効力を失っていると思われます」

「……俺は暗視持ちの魔物で視界を確保できるが、マルティアは明かりに使える魔導具とか持ってるのか?」

「もちろんそういった魔導具はありますわ。ですが今回は使いません」


 何故、と思うとマルティアは使い魔召喚を行い、黄金の獅子ポルメナのみを出した。その身体から発せられる魔力は夜の闇に負けぬほど輝いており、十数メートル先を照らすほどの光量を有していた。


「なるほど、確かにこれなら魔導具はいらないな」

「戦力補充も見込めます。適材適所ですわね」


 黄金の獅子は後ろ足で後頭部を掻き、前足を舐めて顔を撫で、ぐぐっと背筋を伸ばし、主であるマルティアに声を掛けた。


『マルティアよ、我が半身銀翼の鷹アルジェは呼び出さぬのか?』

「これから向かうのは坑道ですので、あの子の機動力が活かせません。浮いた分の魔力はあなたに注ぎますから、活躍に期待しますわよ」

『そういうことか、相分かった。肉壁でも騎乗でもこなして見せよう』

「ふふっ、それは話が早くて助かりますわ」


 マルティアがパチリと指を鳴らすと、黄金の獅子は金ポメとなった。その状態でヒョイと抱きかかえられ、首に縄を緩くかけられ、また地面に下ろされた。金ポメはどう見ても散歩中の犬となり、微笑ましさで緊張感が吹っ飛びかけた。


「なぁマルティア、それって……」

「坑道の中は狭く、獅子の姿では先に進むのも難儀します。この状態にして魔力消費を抑え、開けた場所以外では照明として活用するのが理に適ってますわ」

「……じゃあその紐は?」

「ポルメナの強さは肉体の大きさによって変わるため、小さい状態だとすぐに倒されます。紐で繋いでおけば不意打ちから庇うこともできるというわけです」


 思ったより合理的な理由だった。金ポメも納得しているのかと思うが、顔をしかめてもの凄く嫌そうにしていた。俺はちょっとだけ同情した。


「まぁ何にせよ、ここからが本番か」

「えぇ、そろそろ中に入るとしましょうか」

 

 一時的に緩んだ気を引き締め、二人と一匹で坑道内へと足を踏み入れた。



 金ポメ照明は光量・視認性共に調節が効き、順調に道を進めた。

 三十分ほど歩くと広けた場所に着き、そこで複数人の匂いを嗅ぎ取った。マルティアは金ポメを黄金の獅子にし、辺りの散策を行い……見つけた。


「……これは、骨か?」

「えぇ、魔物の骨に……人骨もありますわね」


 洞窟の壁際には骨がまとめて置かれていた。捕らわれた村民が捕食されたものかと思うが、どれも古いものだった。行商人などを狙ったのかと推測した。

 中にはブローチやネックレスの他、結婚指輪と思わしき物も確認できた。俺はやるせなさを振り切って立ち上がり、再びミルゴの匂いを嗅ぎ取った。向かった先は坑道のさらに奥と思っていると、暗闇の先から足音がした。


「おいおい、もうここまで来るのかよ。面倒くせぇ奴らだなぁ」


 金ポメの光で照らされた場所には複数の横穴があった。ミルゴはその一つから半身を出し、牙と爪を剥き出しにして身構えていた。

 ダブラの気配は感じられないが、まず間違いなく近場に潜んでいる。俺とマルティアは周辺への警戒を強め、ミルゴへと問いかけた。


「村からさらってきた人がいるでしょう。今すぐに解放すれば、可能な限り苦しまずに殺して差し上げますわ」

「おいおい、おっかねぇなぁ。でもまだ生きてるぜぇ。てめぇらのせいでお預けだからなぁ」

「……お預け? 俺たちが来るのが早くて喰う暇がなかったのか?」


 思ったままを口にすると、ミルゴが舌打ちした。さらに急に苛立ちを見せて真横にある岩の壁を爪で削り、唾を飛ばしながら怒号を発した。


「――――あぁあぁ、お前らを殺すために喰いたくもねぇ魔物を喰ったんだよ! 腹の中が気持ち悪くて手をつける気にもならねぇ! クソがぁ!」


 以前カイメラは『キメラが偏食』と言っていた。

 一応捕食して力を取り込むことは可能なため、ミルゴとダブラは村民に手をつけず魔物を喰う選択をしたのだろう。新たな攻撃手段を持たれたのは厄介だが、村民が無事な方が重要なのでここは助かった。


(……油断するわけじゃないが、ミルゴとダブラの力なら取り込める魔物の強さにも当たりがつく。俺とマルティアならまず負けることはないはずだ)


 事前の打ち合わせ通りミルゴの相手をマルティアに任せ、ダブラを俺が倒すことにした。一気に勝負を決めようとするが、俺もマルティアも踏み出したところで足を止めた。ミルゴがこっちに向かって『あるもの』を投げたからだ。


「おぅおぅ、落とすと最悪死んじまうぜぇ!」


 虚空を飛ぶのは八歳ぐらいの少女で、俺がとっさに受け止めた。すかさず黄金の獅子が駆け、魔力を纏った爪で切り掛かった。援護としてマルティアが槍を展開するが、ミルゴの動きが一手早かった。


「――――こいつはとっておきだったんだがなぁ。仕方ねぇ」


 ミルゴは懐に手を入れ、何かを取り出した。掴まれたのは白い肉片のような物体で、一目見た瞬間に胸がざわついた。そんな俺を見てミルゴはニィと顔を歪ませ、言った。聞こえてきたのは完全に意識外な言葉だった。


「――――この『白いキメラ』の肉を喰らって、お前らを殺してやるよぉ!!」

 

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